アフリカ駐在員の週末(意識高いver.)

「休日は何をしているの?」

と聞かれた時、いつも自分で何してるんだろう、と思うわけです。

 

本読んだり、Netflix観たり、ジム行ったり、手洗いなので時間がかかる洗濯、ヤモリの糞を拾ったり、基本インドア。

 

ダラダラしていることや、突然部屋に舞い込んできたコウモリとの闘いのことを書いてもどうしようもないので、週末やることで唯一の意識高い系活動である、日本人の友人たちとの勉強会のことを紹介したいと思います。

 

NYの大学院の同級生で、関心や立場が似てるからいろいろ仲良くさせてもらってた友達が、たまたま私とほぼ同時期に国連の仕事でカンパラ赴任になったので引き続き仲良しなのですが、その子が提案してくれてやることになりました。

同級生が近くにいるのはとても心強い~

 

まだメンバー4人なのですが、UNHCR 2人、IOM 1一人、そして私で、2~3週間に一回集まって、仕事でやっていることを中心に情報シェアしています。

ウガンダ在住で、参加したい人はぜひ声かけてください!)

 

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こんな素敵なカフェでやったり。この Kardamom & Koffee というカフェのコーヒーが今のところ私的ウガンダ No.1コーヒーです。

でも日月はお休みなのと、空いてる日も18時までなのでお気を付けください。そういう、のんびりした経営なのも良いですよね。

 

  

メンバーたちは、今のところ4人とも難民に関わる仕事をしていて、例えば一人は難民認定(Refugee Status Determination)の仕事をしています。政府の人たちと顔を突き合わせて一緒に実際の一つ一つの申請ケースを扱って、その認定プロセスの円滑化や、庇護者(難民認定を受けるために本国から逃げてきた人)へのインタビューの質の向上のために奔走しています。


 

また、CRRF(Comprehensive Refugee Response Framework)という、大規模な難民の発生に対する国際協力に関して包括的に定めたフレームワークがあり、ウガンダ政府はこれを採用することで多数のドナーを巻き込みながら緊急支援と開発を組み合わせて進めている(これがとても大事)のですが、これの普及を担い、政府や各ドナーと協力する仕事をしている人もいます。

 

 

NGOの仕事も現場が近いことがおもしろいけれど、やっぱりこういう風に政策に深く刺さりこむ仕事をしている人たちってすごいし話は面白いし、とても勉強になります。自分の仕事をしているだけではまず知ることができない内容、でも大きな視点ではすごく関りの深い内容。

 

そして発表者としても、自分が何やってるかをまとめて人に伝える良い機会だし、組織外の人だから着目する質問を投げかけられたりするのも勉強になります。

 

あと単純に、日本語で話してもらえると複雑なこともよく理解できるというのもあり。

大学院の時や今の仕事でも、時々ふと「これすべて母国でインプットできたらさらに全部よくわかってうまく反応できるのだよな。やはり英語で慣れてきたとは言え、理解度にハンデがある・・・」と思うことがあります。そういう普段のハンデを自覚するからこそ、日本語がありがたい。

 

あと、英語を長時間聞いてると集中切れて聞き流しちゃうことあるし。ウガンダの人たちはスピーチ上手で雄弁な人が多いから、ついつい「うんうん」と聞きながら夕飯何にしようか考えたりしていてふと我に返る。

同時に、英語で仕事する機会を持てているのは望んだことだし、嬉しいのですけどね。

 

 

それで、私からの発表としては、自分の組織の紹介、やってるプロジェクトの紹介、出張で行ったエチオピアスーダンの報告、等をやりました。PPTが結構溜まってきています。

今後は仕事のこと以外にも、開発ワーカーとしてのジレンマやチャレンジについての議論とか、キャリア・ディベロップメントをお互いに考えるグループワークとかもやってみたいです。

 

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同カフェのブラウニーもすごくおいしい

 

 

*****

 

最後に不定Netflix おすすめコーナーですが、今は GLOW というドラマをずっと観てます。

最初よくわからなかったけど、何話か見たらはまってしまったーーー。

なんか突っ込み不在で、すごく面白い人たちが本気で生きたり思いっきり失敗したりするのを観るドラマです。80年代のアメリカのギラギラした感じがとてもよいです。

 

 

おわり

住む場所起因のストレス

この前、出張に夏休みを組み合わせて、しばらく日本に一時帰国していました。

本当にびっくりするほど暑くてアフリカ生活でこんなに汗かいたことない、っていうほどの汗を毎日かきました。

 

いや、暑かった。 

でもそれを補ってもあまり余るくらい、日本はやっぱり楽しかったです。

 

友達との再会、BBQ、山登り、草津温泉、いろいろおいしいものと、買い物。

 

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(しばらくずっとしたいと思っていた山登り。大山にて。) 

 

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(母と行った草津温泉の湯畑)

 

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(今回最大のイベントは親友の結婚式。感無量。)

 

 

そして、楽しいというのとはまた別に、日本に帰る、、、に限らなくても一度赴任国周辺を出るのは、海外駐在員が心身ともに健康でいるにあたってとても重要。リフレッシュボタンを押すことになります。

 

一時帰国するまでは、約半年間ウガンダに住んでいて、日本に帰る直前頃はなんか普段よりイライラの種が溜まっているというか、いろいろ起こる「なんで~~~!?」ということに関してちょっと強くまくしたてちゃうような兆候を自分の中に感じました。

 

例えば、

 

地方のホテルで夕食頼もうか迷っていて、何分かかるか聞いたら15分と言われたから頼んだのに2時間待たなきゃいけなかったり、

 

数回だけ会った運転手さんにある日突然、「借金返さなきゃいけないからお金貸して」って言われたり、

 

朝イチで始める会議、時間厳守でと言われたから渋滞見越してものすごく早く家を出てスタンバイしていたのに主催者が一時間遅れで来たり、

 

あとウーバーのはじめて会った運転手さんに「子どもいる?結婚してないの?なんでしないの?早くしなよ」と言われる(日に二回)、みたいな些細なこととか。

 

 

生活しているとモヤモヤの種がいろいろあって、一つ一つは全く大したことじゃないのだけれど、やっぱり蓄積してくるからどこかで誰かに大声でまくしたてちゃいそう、という予感が。しかしそれは絶対によくない。

私は自覚していたし「もうそろそろ日本に帰ったらリフレッシュできるから大丈夫。」って思えたけれど、そういうのに気づかずにただストレス溜め続けた人が、時々爆発しちゃうのだと思います。

 

海外赴任すると、一般的に

移住期 → 不適応期(不満期) → 諦観期 → 適応期

というのを経るというのも聞きますよね。

解説はこちら:https://www.jpc-net.jp/paper/kaigai8/kaigai1.pdf

 

私は前のカメルーン生活も入れてアフリカ生活と考えれば、もう不適応期は越えたかな、という気はするものの、でもまあ引っ越しとかしたり組織が変わったりすると、波の大きさはあれこのサイクルがまたありますよね。どうしたってストレスは溜まるのだからそのマネジメントが重要。

 

なので、半年くらいで一回日本に一時帰国できたのはとても良いリフレッシュ。

 

アフリカだと、どうしたって安全対策のために日本にいるよりは気を張っていますしね。暴動に巻き込まれないようにから、病気にならないように、歩きスマホしない、とかまで。

 

カンパラの地獄の渋滞との関係性もかなり煮詰まってきてたから、彼としばらく距離を置けたのもありがたい…渋滞本当に本当にひどくて、これによってありとあらゆることが予定通り進まないしウーバーは30分待っても来ないし排気ガスで肺も服も薄汚れていきます。

 

また帰ってきたらこういうことに気を取られながらの生活だけれど、でもこれまでの溜まったポイントが一時帰国でリセットされて、再度ゼロポイントから始められる感があります。まあこれは、心の持ちようですが。

 

 

一方!

この住む場所起因のストレスというのは、何もアフリカだけではなくて、違う場所でもあるのですよね。

日本に住んでたら住んでたで日本ストレスが。もちろんあるわけで。

例えば私はものすごく寒いのが苦手なので、冬が長くて寒い、というのだってなかなか厳しいです。

それに比べ、今住んでいるカンパラは、赤道直下だけれど標高が高いので一年中「暑すぎない夏」という感じで、雨も日中はそんなに降らず、でも乾燥もしておらず、天候パーフェクト。

 

それ以外にも、満員電車とか、いろいろ「こうあるべき」という見えないルールとか、長時間労働とか、島国気質なところとか・・・

そこに長くいるから息詰まる、ってことあります。

 

ウガンダ、日本、アメリカ、どこでも、それぞれ。

 

だから、日本に住み続けてたらやっぱり旅行行くことはこういう視点でも重要だと思う。

ちなみに私が行きたい旅行先は、温泉か沖縄。絶対的この二択ですな!

あとの時期の日本(どこでも)。これっていつ達成できるのだろうか。

 

*****

ちなみにウガンダでは、ストハラによるストレスはほぼないです。

ゼロではないけれど。

それだけで住みやすさが全然ちがう!!

 

 

カメルーンはこの点は、やっぱりもうちょっと頑張ってほしい。

 

おわり

【読書】 マーティ・O・レイニー「内向型を強みにする」

内向型・・・

うん、強みにしたい!

と単純に思いKindleストアでぽちり。

 

内向型を強みにする

内向型を強みにする

 

 

 

最初から、内向型である著者のいろいろな言葉に同意。 

 

 外向型は、外の世界からエネルギーを得る。彼らのほとんどは、人と話したり、外のさまざまな活動に参加したり、人や活動や物に囲まれて働くことを好む。(中略)これに対して、内向型の人は、なかの世界から、つまり、アイデアや感情やイメージからエネルギーを得る。(中略)内向型には、物事をじっくり考え、自分を充電するための静かな場所が必要だ。ふうっ!久々にビルに会えてすごく楽しかったけれど、パーティが終わってくれてよかった!彼らはほっとしてそう思う。

とか。

 

 

自分は小心者で引っこみ思案なのだとわたしは考えた。ところが、あるときは気づまりで居心地が悪いのに、なんともないときもある。また、最高に楽しく過ごしている最中に、出口に目をやって、パジャマでベッドにもぐりこむ自分を想像することもあった。 

とか。

 

 

内向型の人に対するもうひとつの大きな偏見―― 内向型は社交嫌いだという考えだ。 内向型の人々は、非社交的なわけではない。ただちがうかたちで人と交わっているだけなのである。内向型の人は、多くのつきあいは必要としないが、より親密な強い結びつきを好む。他者とかかわることは、わたしたち内向型から大量のエネルギーを奪い取る。そのためわたしたちは、あまり社交にエネルギーを使う気になれない。無意味なおしゃべりを喜ばないのもそのためだ。 

とか。

  

内向型には内向型のいいところも沢山あるし、私の周りの人にだって内向的な人がたくさんいるからそれでいいのですが、問題は私もやっぱり「外交的」な性質を身に着けたいということ。というか、この社会は外交的であることが重要視されるし、今の仕事(そしてどんな仕事だって程度の差はあれ)はコミュニケーション能力がものを言うから。

 

私自身も、「社交的でありたい」という気持ちから発して、昔はなんとなく自分は外交的だと勘違いしていた(思い込んでいた)感があるのですが、それでかなり空回りしたことを思い出すと恥ずかしい。最近は自分の特徴も昔よりはわかってきました。

だからきっと重要なことは、自分の特徴を知った上で、それをどう強みにするかということ。内向型であることはいいのだけれど、それでも人前ではうまくしゃべりたいし、パーティで社交もしたいし、おもしろい話ができるようにもなりたいし、世界を広げたい。

そしてそれって矛盾しない、ということをこの本を読んで実感します。

 

 

 

外向型の人との付き合い方

そして、この本を読んでいてて、内向型について考えると同時に、外向型の人々との付き合い方についても考えられたのがよかったです。

例えば、内向型の親が外向型の子どもに接するときのアドバイスの部分から抜粋。

 

外向型の子供は、お天気のように、さまざまな気分を見せる。舞い上がったり、落ち込んだり。ときとして彼らは、他人の気持ちに気づかない。親の怒りを無視することもある。親が怒れば、しばらくは後悔するだろう。彼らは明るく肯定してもらうのが好きだから。しかし内向的な子供とちがって、その出来事をもう一度考えることはないのかもしれない。外交型の子供にとって、それは広がっては消えていく雷雲のようなもの――もうすんだことで、かたがついているのだ。 

 

年齢問わず、本当にこれに当てはまる人っているよなあ!と。

同じことでも私の受け取り方と外向型の人の受け取り方は違うということ。

私がウジウジ考えることでも相手は忘れてる場合だってあるんだということ。

 

例えば最近、外向型の見本例のような友人に、「私がボーイフレンドと別れたこと言ったっけ?」と本気で聞かれて、数日前にわざわざ WhatsApp で言われてたし大事なことだからもちろん印象に残っていたけれど、言った友人はいろんな人にいろんなことを話すから、そこまで印象に残っていないのだな、という。私は結構、自分が話したことも人に話されたことも覚えているタイプだけれど、みんながみんなそうじゃなくて、それも性質の違い。逆に、相手が言ったことを覚えるのが得意と言うのは強みにしたらいいのかもしれないです。

 

 

自分を追い込まないこと

あと、ミーティングや学校の授業とかでガンガン話して、話すことで考えたり意見をまとめていく人はよくいるけれど、私はなかなかそれについていけなくて、自分の意見をまとめる時、特にアイディアを出さなきゃいけない時って一人で机に座って考える時間がないと難しい。

そして、もし考えながら話さなきゃいけない時はすごく喋りがゆっくりになってしまう。(というか基本的にゆっくり)

このことについて、自分は頭の回転が遅いからついていけないし、考えながら早く話せないんだ、と折に触れては思うのですが、実はこれも内向型の特徴だとこの本に書いてありました。

「頭の回転が遅い」ことがではなくて笑、自分一人でエネルギーを保存する時間が必要なこと、自分なりのペースの設定が必要なこと、周囲に邪魔されず考える時間が必要なこと。

逆に外向型の人は考えながら同時に話すし、むしろ考えや感情を整理するには、聞き手となる他者が欠かせないということ。

 

仕事では瞬発力が求められることも多々あるし、パッと答えられたほうが仕事できる感満載。だから自分がのろいことに引け目を感じることはあるけれど、一人で考える時間さえもらえれば、じっくり調べたり物事を深堀りすることは比較的苦ではないし、最終成果物のレベルをしっかり上げようとする力はあるんだ、だからそんなに気にしないで(でも瞬発力を高めるスキル訓練はしつつ)、自分を追い込むことなくいこうと思いました。

 

こういう系の本はたまに読むと、自己分析の機会になるから良いです。

 

エチオピア:仕事後の一杯、宗教、そして踊り

仕事でエチオピアも担当しているので、ウガンダからちょくちょく出張します。

プロジェクトを実施しているのは、南スーダンからの難民がたくさん流入しているガンベラ州という場所。大半をここで過ごします。

国際機関が集まっている首都アディスアババとは全然違う雰囲気。

 

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地域の水衛生環境向上へも取り組む

 

 

今回の出張の最大の目的のワークショップがうまく終わって、その夜は事務所での夕食会に参加させてもらいました。事務所の中庭にプラスチックの椅子を並べて、夜空を眺めながらの宴です。

 

こういう難民キャンプがあるような緊急支援の分野の最前線の事務所というのもあって、スタッフは若者の単身が大部分を占めています。また周りにレストランがあるような環境でもないため、朝昼はみんな事務所内のキッチンで作ったごはんを食べるということ。それでこういう夜の会も時々あったりするから、事務所が家族みたい。

 

周りが暗かったのでよく見えなかったものの、用意してくれたごはんとてもおいしかったです。 

 

エチオピア人のソウルフードといえば、インジェラ

テフという穀物の粉末を水とまぜて、クレープみたいに焼いたものです。

味はふかふかした酸っぱいクレープみたいな感じで、結構特殊な食べ物なので、フィールドでこれを毎日毎食食べていたらさすがに飽きるのでは、と思っていたのですが、そして本当に毎食食べたのですが、意外に飽きない。主食のパワー。

 

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ランチの時の写真。インジェラをちぎって具を巻いて、そのまま手で食べます
 

 

 

あと、ビールが凍っていた。

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これまでの人生でもビールは結構飲み続けてきたけれど、凍ったビールを飲むのは初めて。まだまだ初めてのことってありますね。

エチオピアもいろいろ地ビールがあるけれど、この Dashen というのが私は好きです。

 

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この写真で何が言いたいかと言うと、とても暗かったということです。

でも夜って暗いよね、ということを思い出させてくれる。星がきれい。

 

 

こうして宴もたけなわ、他の人がスピーチしてる間に、隣に座っていた同僚に、日本ではどの宗教をみんな信じているのか?と聞かれました。

この話、海外にいるとよく聞かれるけれど、あまり単純に答えられないから長くなっちゃうのですよね。声が聞こえにくい状況でコソコソ話すの難しい・・・

 (英語のコソコソ声って、本当に聞きずらいと思いませんか?たぶん日本語より英語能力の方が低いというだけでなくて、英語ってアクセントや高低が多々ある言語だから難しいのではという仮説。)

 

で、基本的には日本人はそんなに宗教熱心じゃない、でもいろいろなイベントで宗教は関連するし、何かに祈る気持ちはあるし、信仰心がないわけではない(すごくざっくり)という私見を述べました。

そしたら、その同僚(敬虔なキリスト教徒)が、「宗教にそこまで熱心じゃない国の方が発展しているよね」というわけです。

 

これは、大きなテーマ・・・(いよいよコソコソ話ではむずかしい)

 

国際関係学の大学院にも行ったのにまだまだ本当に、なんで途上国と先進国の発展の溝はこんなにもずっと埋まらないのか、と折に触れては思います。

子どものころ、アフリカの子供たちの窮状を知った時は、でも世界はどんどん発展しているのだからアフリカもすぐに発展するだろう、と思ったのを覚えていますが、でも差はまったく縮まらず。もちろん、最貧困ライン以下で生活する人の割合は減ってたり、健康状態的には向上したりはあるものの、持続可能な経済発展の意味では、まだ気が遠くなるほど進んでいません。

 

「本当になんで????」と定期的に思い、

 

やっぱりなにか経済発展を阻むような文化・慣習なのか、とか

それには宗教が関連しているのか、とか

地理とか気候が関係しているのか、とか

 

やっぱり考えるわけで、そしてこういう私でも思いつくようなことは、歴史上様々な国際関係学者も考え尽くしてきたわけです。でも明確な答えはでない。

 

それ系の本で最近影響力大きい(私も大学院の授業で読んだ)のは、アセモグルとロビンソンの Why Nations Fail で、私もこれからかなり影響を受けました。

その本が言うのは、上記の要素は結局関係なく、国家の盛衰を決定づけるものは政治・経済上の「制度」であるということ。国のリーダーや政治家が腐敗していたらやっぱり発展できない。

 

Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty

Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty

 
国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)

国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)

 

 

(この本については、また書くと長くなるのでいつかできたら別途ブログ記事にします。)

 

 

でも、「政府のせいだから」なんて言われても、その政府の下で生きている国民にとっては行き場がない切なさが募るだけですよね。それに、政府のせいでいろいろうまくいかないのはみんな気づいているし。

というわけでモヤモヤと国のことを憂う話となりました。

 

 

そうして少し憂いた後にはやっぱりダンスタイム。

エチオピアのいろいろな地域の伝統的なリズムに合わせて、みんな踊ります。私も真似して踊って(揺れて?)楽しかったです。

音楽が流れるとつい踊っちゃうこういう感じ、好きです。

 

 

こうしてエチオピアでの夜は更けていきました。

 

おわり

【読書】 杉江弘 「乗ってはいけない航空会社」

Kindleストアでセールになっていたのでなんとなく読んでみた本が結構興味深くいろいろ考えたので紹介します。

 

乗ってはいけない航空会社

乗ってはいけない航空会社

 

※残念ながらセールは終わってしまったようです、ごめんなさい

 

  

JALパイロットの著者が、数々の航空事故の分析をして安全性を考える本で、読んでいる間、世の中、航空事故は(死亡事故には至らなくても)たくさんあるのだと思いました。

 

とはいえ、航空事故で死亡する可能性は、地上の交通事故で死亡する可能性より遥かに低く、何百万回に一回の確率、みたいなことはよく聞きますよね。

でも航空事故は、そして起こった時の大惨事っぷりと、乗客は座っているだけで為すすべもないっぷりがすごい。だからなんだか心霊現象を恐れるように怖がってしまいます。

それに生き残れたとしたって墜落しそうな飛行機でブンブン揺れたりする恐怖体験を絶対にしたくないですよね。そんな目にあったら、もう二度と飛行機乗れなくなりそう。そしたらまた方向転換して新たなキャリアを考えないといけなくなります。

 

ちなみに発着地、航空会社、機種を入力したらこれまでの統計に基づき墜落する可能性を算出するアプリがあるという記事を見つけました笑

 

  

この本を読んでわかったのは、航空機事故の原因にはパイロットや整備員の人的ミスが多々あるということ。

 

これだけ飛行機もハイテクになっているし、パイロットは優秀な人たちだし大丈夫、整備士だってみんな国際的基準でプロフェッショナルに働いているはずだ。

 

と信じているけれど主にそれは「信じたい」という希望が強いわけで、やはり人だからミスは起きるし、国やその航空局ごとの安全意識も一律じゃないことが、「まあ言われてみればそうなんだよな」と思うのですが、よくわかります。

 

それで、「ミスがどれだけ起こるか」(何人もの人が飛行には関わっていてミスがゼロになるようにしているけれど、それでも抜けが出ちゃうか)は、その会社の体質が強く影響していて、つまりコスト削減が最大の目標になってしまい安全第一の感覚が薄れてしまっているだとか、パイロットのトレーニング、整備等のコストまで削減してしまっているだとかが関係するので、「この航空会社は危ない」というような分析に繋がっています。

 

それらを読んで、やはり一括りにしてはいけないけど、でもあまりにも航空券が安いところ(LCC含む)は整備とかパイロットの訓練・人件費までコスト削減の手が及んでいることが想像されるからできるだけ避けよう、と単純に思いました。

 

 

日本についても分析があります。

日本の会社は御巣鷹山の墜落事故以降、死亡者が出る事故は起こしていないらしいですが、

やっぱり経営破綻してしまうJALの体質とか、その為パイロットの処遇が減らされてモチベーション低下、もしくは優秀な人が流出しちゃうとか、そういうことが安全に関わってくるので今後の不安要素はあるというのが著者の見解です。ANAでも事故がないわけではないようだし。

 

とにかく著者が強調しているのは、

「安全度を適正に評価するためには、特定の会社が近年どのような事故を起こしているか、それがさまざまな不幸な要因による偶発的なものなのか、あるいはその会社の構造的な原因によるものなのかを分析」

することの重要性で、巷によくあるエアラインランキングが重視するような、機体の経年数はあまり関係ないし、また事故だけでなく、会社の経営状態、吸収合併等も注目すべき点だということです。

 

こういうこと、いろいろなるほどなあ、と思わされる本です。

 

 

とはいえ、どんな航空会社でも事故は起こる時は起こるし、飛行機にはこれからも乗るし、気にしすぎてもしょうがないのです。

というかそれよりも、日々の交通事故に気をつけることと、健康的な生活をすることの方が重要。

 

でも少なくとも、この本を読んで、

「天候のせいで着陸できないから別の空港に着陸」とか

「今日は暴風雨で欠航」

というのはしょうがないことで、安全第一のためには無理するほうが恐ろしいのだ、という意識になりました。(今は・・・実際なったら「ぬーっ!」となっちゃうだろうけれど・・・笑)

 

 

そしてこんな本読みながら、今週はまた飛行機に乗ってエチオピアへ。

最近はアフリカ大陸内移動でエチオピア航空にたくさんお世話になっております。とても便利。

とりあえずこの本にはアフリカの航空会社については「日本人が乗る率が低いので」書かれていないので、悪いインプットもなく、一安心です。(ちがう)

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

ちなみに最後に自慢ですが、私はなんだか飛行機運は結構良い気がしています。

 

なにせ、まあまあ飛行機には乗っていると思うけれど、一回もロストバゲージしたことないのです。(一緒に乗ってた友人の荷物が積み残されたことはあるのに。)破損もない。

 

あと、乗る飛行機が欠航になったことも一回しかないです。そしてそんなに急いでなかったし、用意してもらったきれいなホテルでくつろいで次の日に普通に乗れました。目的地以外の空港に着陸もない。

 

しかも、これまで長距離路線でエコノミーからビジネスクラスアップグレードしてもらったことが三回ある。

(元からビジネスクラスに乗れる仕事にはなかなかつかなそうなので、お許しください)

 

隣の人が面倒くさい人だとかはそりゃああるけれど・・・

 

あとこの前は、私の座席に知らないおばさんが座っていて、「ここ私の席なんですが・・・」と言ったら、「私だって自分の席(私の前の列の窓側)に座りたいけど、通路側に座っている人がいるから入れないからしょうがないじゃない!」と怒られ、でもそれを聞いたその通路側の人が立ってくれてるし、私も若干イラとしたので「みんな通路側の人に立ってもらって中に入るのでは・・・?」と言ったら移動したけれど最後に「I have to move because she has no patience!」 と捨て台詞を吐かれてやや動揺しました。(状況わかります?文章で説明むずかしい・・・)

でもただ単に ”She was having a bad day” なだけ。空港ってイライラの危険が多いですよね。 

 

みんな、飛行機にはそれぞれエピソードや思いがありますよね。

飛行機との関りから垣間見える哲学や人生観。

あなたの体験もぜひご共有ください。

 

おわり