La Semeuse

アフリカ内を行き来することや、読んだ本、仕事などについて。

ウガンダのサファリ ~クイーン・エリザベス国立公園~

この前、友人たちと一緒にウガンダの西部、クイーン・エリザベス国立公園に行ってきました。すごく楽しかったのでご紹介!

 

まず一日目、カンパラで早朝ピックアップしてもらって、約7時間かけて車で向かいます。

通り道に有名な赤道ポイントがあって、でも赤道っていうのは線でウガンダ内を横に走っているのに、赤道ポイントってなんなの?と常々懐疑的だったんですが、やっぱり写真は撮っておきました。

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赤道の上と下で、水が渦巻く向き(時計か反時計か)が変わるらしい。トイレとかも良く見たらちゃんとそうなっているらしい。 

 

 

国立公園に着いたら、まずは宿にチェックイン。Bush Lodge。宿泊するのはテントなのだけれど、中にベッドが二台ずつあって綺麗。

 

そして荷物を置いて、 Bush Lodge のすぐ脇の、Lake Edward と Lake George をつなぐ川をボートで進んで、水上サファリに繰り出しました。

 

とにかくカバがうじゃうじゃいる。最初見た時は「うわー!かば!大っきい!」となるのにその後はだんだん「あ、またカバだ」ってなってきちゃう。人間ってやつは・・・

 

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1つの群れにオスのカバは一匹で、あとはみんなメス。子どもはみんなで守るから群れの真ん中に囲まれています。

 

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ゾウもたくさんいて、集団で水を飲みに来ては帰っていくのですが、その中の一つの集団が川から上がる時、最後から2匹目のゾウが、上がろうと見せかけて、振り向いて、上がりかけていたゾウをまた鼻で川に押し戻してるのを目にして、ガイドさんが「ふざけあってるんだよ」って。

 

「や~め~ろ~よ~笑」

「きゃははは」

という声が聞こえてきそうだった。なんかゾウもそうなんだな、って。

 

 

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ゾウは妊娠期間が24カ月らしい。大変。小ゾウはなんともキュートです。

 

 

あったかい気候で水の上でゆらゆら揺られて、動物の鳴き声や鳥の羽ばたく声に耳をすませてウトウトしたりもしつつ…

 

帰ってきて水シャワー浴びて、夕飯までビール飲みつつのんびり。

 

夜ご飯はコースで、前菜~スープ~メイン~デザートと一つ一つおいしかった。ワインと共に、こういうところでこんなの食べられるんだね!と大満足。

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ナプキンがゾウ?

 

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スープの後は暗くて写真がもう何撮ったかわからない

 

 

夜は、カバなのかなんなのかの、「グモ~~~」という声を聴きながらぐっすり。

動物にテントが襲撃されないように、ちゃんと一晩中見張りの人が立ってくれてるみたいでした。

 

 

そして二日目、朝6:00から朝食だから、テントから出たらまだ真っ暗で空には星がびっしり。しっかり食べて、今度は地上のサファリに繰り出しました。 

 

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サンライズ!!!

 

 

でも、なんだかライオン、キリン、シマウマみたいな動物がいなくて、今日の目玉もやっぱりゾウ。

 

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ゾウのおしり、しわしわ

 

あとはバッファローとかアンテロープ、イノシシ、いろんな鳥など。

そしてこういう時に使うべきデジカメを家になぜか忘れてきたので、写真の質がおおむね悪いのです。

 

この一泊二日の日程で、宿泊や朝夜ごはん、カンパラからの送迎込みで一人260ドルでした。コンパクトな旅程で、ボートと地上サファリ両方あって、のんびりする時間もあって、カンパラからの足も心配することなく、ロッジも(シンプル最低限だけど)よかったから、とても満足です。

 

でも通常はクイーンエリザベスは二泊三日の行程が多いみたい?二泊あると、ライオンとかも見られる可能性が高いのかもですが、私たちが行った日は二日目の人たちもどうやらライオンは見られなかったとガイドさん同士のやりとりで聞きました。

 

※名前はゴリラツアーブッキングだけれど、ゴリラのツアーじゃなくてクイーン・エリザベス国立公園のツアーを予約。

 

 

どちらかというとマーチソン国立公園の方がライオンが見られる可能性が高い?というようなことも聞きました。でも結局は野生動物のことだから、タイミングが合うかどうかの話みたいです。あとどちらも首都から遠いのは同じ。

 

私は今回とにかく、友人たちとワイワイ言いながら、ゾウとカバをもう「めずらしいとも思わない」ってレベルでたくさん見られたのがすごくうれしかったです。

広大な場所でただただ動物を眺める時間って、他のものには代えられない贅沢さがある。目が良くなったような気もするし。

また行きたいな、一緒に行きましょう。

 

おわり

【読書】 ダウド・ハリ「ダルフールの通訳:ジェノサイドの目撃者」

生き延びているから伝記を書いているに決まっているのだけれども、それでも

「え、これはもう助からないのではないか」

と何度も思ってしまうほど、ぎりぎりのところを生きてきたスーダン人のお話を読みました。

 

ダルフールの通訳 ジェノサイドの目撃者

ダルフールの通訳 ジェノサイドの目撃者

 

 

著者のダウド・ハリ氏はスーダンダルフール地方出身で、故郷が襲撃に遭ったのを逃れて以降、通訳としてチャドやスーダンを行き来する仕事をしていた人です。

 

危険地で何が起こっているかを世界に知らせるために現場に行くジャーナリストの通訳だし、通訳と言えど本当に言葉を訳すだけではなくて危険回避のためのアレンジとかその場の判断を含めた同行者の仕事だから、完全に危険な場所に入るし危険な目に遭いまくるし、という仕事。

 

本当にハラハラするし、胸が締め付けられる描写も多いけれど、書き方に常にユーモアさがあって、独特の言い回しが皮肉っぽくもあり詩的な部分もあり文章として美しい。原書はアラビア語だったのかな?英語?

そして絶望の淵でも笑うことはまだまだあるんだな、と思わされる。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

いろいろ印象に残ったけれど、あるアメリカ人ジャーナリストに同行してダルフールに行った時に、スーダン政府軍につかまり、無理矢理スパイ容疑をかけられ、散々拷問を受けた後にヘリに詰め込まれて移動中、ヘリが地上から撃たれて弾丸がエンジンに当たり墜落寸前、という状況になった時のことがあります。

 

なんとか着陸するという時に、政府軍側の指揮官から「最近何か食べ物を与えられたか?」と聞かれて、その意図に気づいた著者はそんな時なのに思わず笑ってしまったそうです。つまり、指揮官は「ちゃんとしたもてなしをしなかったからヘリが災難に遭った」と思っていたから。

スーダンの人がおもてなしにとっても力を入れていることはこれまで私も3回の出張を通してもひしひしと感じていて、「ああ、スーダンのおもてなし!」という感じで素敵な文化なのですが(貧しい人には分け与えることから始まり、外国人でもとにかく人がちゃんと食べてるか気にする、お客さんにはごちそうするのが当たり前、等)、それがスパイ容疑で今にも殺されそうな場面でも遭遇するとは…

 

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スーダンの「朝ごはん」。出張行くといつも出してくれて、どんどん食べるようすすめてくれます。これに限らず遠慮したりすると、ちょっと悲しい顔をされる。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。

 

どうして、こんなに神を信じおもてなしをしなければという伝統的なあたたかい心も持っている人たちが、殺し合いはできてしまうのだろう。

何度も何度も世界中の人が考えてきたようなことだろうけれど、それでも私も同じようにまたそういう気持ちにならざるを得ないんです。

 

20代、民間企業で働いていたときのこと

  

時々何か思ったことが溜まったり、頭を整理したかったり、もしくは人に言うほどでもないけどなんか書きたい!みたいな時に、文法とか誤字とか何も気にせずにバババババーッと打ち込みまくる日記(?)があります。

だから私が何か不慮の事故にあったりしてもこれを削除するまで死ねない

 

それでさっきたまたまふと2012~2013年頃のを読んでみたら、まあ恥ずかしくてすごい細目でしか見られないのですが、でも少しおもしろい。所詮私も小さな自意識が首をもたげて、昔の自分におもしろみを感じてしまうのです。

 

その頃は鉄鋼商社で働き始めて3~4年目、何がそんなに忙しかったのか謎なほど仕事に追われていてやってもやっても終わらない、でも飲み会にもいろいろ行ってたくさん飲む、そして終電で帰ってまた次の日は朝から夜まで働く、みたいな時代でした。

20代半ば。

 

 

そこに書いてあったどうでもいい話の一つ。

 

どうやらその時わたしは髪をばっさり切ったみたいで、

仕事後たまたま部の飲み会で、

 

上司Aさんに「取引先Bさんに髪切ったこと何か言われた?」と聞かれ、「いや、特に・・・」となった後、

先輩Cさんに「先輩Dさんに髪切ったこと何か言われた?」と聞かれ、「いや、特に・・・」となり、

その後Dさんに「上司Aさんに髪切ったこと何か言われた?」と聞かれ、「いや、特に・・・(あれは何か言われたうちに入るのか?)」となった

 

という話。

 

なぜみんな、自分から何か言わないで誰かに何か言われたか、って聞き方でからむの。そして、冗談でも「髪切ってかわいいね」なんて口が裂けても言わないんですよ。

 

この、なんでもない具体的なエピソードがすっごく当時の働く環境を表してたなーという。

男性社会で女性営業職があんまりいなかったから、扱いに試行錯誤があった感じもあり、かと言って私もほんのりしたOLタイプでも全然なく、応援部出身のすごく上からきつく言ってくる先輩が指導担当で、でも言われっぱなしではなくいろいろ生意気だったりしたから、別にその会社でいう伝統的な「女性社員」として扱われるわけでもなく、とはいえセクハラはしないようには絶対気をつけなくてはいけないとみんな思っているっぽい、という。

 

髪切ったってこと言うだけでセクハラになる、みたいなことが大きな声で叫ばれて久しい時期でしたしね。そうやってある一言切り取ってそれがセクハラ、というよりその以前の関係性の方が問題だと思いますが、「なんか生きにくい世の中になったものよ」と大声で言いたい人がそういう発言を切り取るんだろうな、と思ってます。

それ以外にも前の会社や産業のことは今ジェンダー的視点から見ると本当にいろいろ思うけれど、その環境では、男性営業職を女性一般職が支えるという構造が何十年もあったし今もそうなんですよね。うちの会社は、一般職の人を「女性」って呼ぶような環境だったんです。「それは“女性”に手続きお願いして」みたいな。そういう風土で、女性営業職で、「いや、私も女性だし…」みたいなことはよくありました。

そういうことひっくるめた環境で居心地がいい人はそれがいいし、居心地が良くない人はたぶん辞めていくという。いろいろあるけれどそれはここでは置いておいて。

 

話を戻すと、その回りくどいやりとりがあったことだけ書いてて感想とか書いてないからどう思ったのかは忘れたけれど、でもたぶんちょっとおもしろかった(しかし他の人に言ってもあんまり意味がわからない話だ)から書いたんだと思います。

鉄鋼関連だから男性社会かつ体育会系だったものの、貿易の部署だし商材がステンレスだし、そういう意味で(※)、まあわりと自由でも受け入れてもOKという感じが気に入っていました。


※どういう意味なのか、って感じなんですが、鉄鋼産業ってやはり大きいところは建設とか船とかがっつり大きな鉄を出すところで、一方でステンレスは、例えば精密機械用とかニッチかつ高品質のものを高く売る、という感じで少し雰囲気違うし、しかも「ステンレス・スチール=錆びにくい鉄」なのでなんかちょっと綺麗みたいな偏見?(私が言ってるだけか…)があるのです。かつ、お客さんが海外だから、国内での重要な仕事は仕入先(鉄鋼メーカー)との折衝で、まあこれが大変なんですけどそこは割愛。要は、ステンレス×貿易だとあまりにもガチガチな「建設会社のおっちゃんと毎晩飲み歩く」みたいな感じではないということなのです。

 

 

あと、それとは別の日の日記で、取引先やお客さんも一緒に集まる地方出張でしこたま飲んだ後、少し酔っぱらった部長が

「長く続けてよ!」

って言ってくださったことも日記に書いてあった。

続けると言うのはその仕事だったり会社だったり、というのが感じ取れたのだけど、その頃はちょうど大学院留学するために会社を来年には辞めるかな、と思っていた時期だったのでちょっと複雑に受け取ったし、部長も少しその気配を感じてたのかもとも思ってしんみりしたり。

 

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出張ではよくスウェーデンに。スウェーデンの強いお酒、アクアビット

 

 

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チェコはたしか2回。ピルスナービール

 

 

とはいえその部長さんは、その後大学院に出願する時の推薦状お願いさせていただいたり、私がNYで勉強しているのと同じ時期にシカゴ転勤になったので、NYご出張時会ったり、私もシカゴに遊びに行ってボートで川下りしたりと引き続きお世話になっていて、この前も年末だからたまたま二人とも日本にいたのでお好み焼きごちそうになりました。

若いころの会社の上司って、家族とも親戚とも友達とも学生時代の先輩とか先生とかともまた違う、でも一時期頻繁に顔を合わせお世話になった関係なので特別で、引き続きご連絡できてるのはありがたいことです。

 

 

まあ、会社員の時は嫌なことやキャパぎりぎりなこともたくさんあったから(そして日記の中では結構な割合でプンプン怒っているんですが笑)、すべて思い出を正当化できないですが、でも振り返って基本的には良い時代だったな、と。

たくさん飲みに行ったな、仕事関連の人とも、同期とも、友達とも。たくさん酔っぱらったし、合コンとかも行ったり。

仕事でもプライベートでも、初めての人に会うとドキドキして楽しかったな。 とちょっと振り返りました。

当時の話がお酒の話と切っても切り離せないのは、ほんと時々しか飲まない生活になった今振り返ると「飲んでばっかだな」と単純に思ったからです。。。

 

さて、また5年後とかに、私は今の時代を「なんだかんだ楽しかったなあ」と振り返られるのだろうか?

というか、そう振り返れるように、毎日積み重ねていかねば。

 

おわり

2018年を振り返る5つのキーワード

 

明けましておめでとうございます。

あれ、と言ってももう1月も終わりそう。クリスマスからの1カ月って3分くらいでしたか?

 

遅ればせ感満載だけども、昨年同様 2018年についても5つのキーワードで振り返りたかったのです。なのでやります。

 

昨年の↓↓↓

 

まず最初に5つ思いついたキーワード、

 ウガンダ

 エチオピア

 スーダン

 南スーダン

 …日本?

 

全部国。これらのことばっか考えていた。

でもそれではなんだか、ということでそれ以外で5つ考えてみました。

 

1.移動

2.南スーダン難民

3.保健

4.ジェンダー

5.運動

 

それでは詳細をヒアウィゴ

 

 1.移動

とっても移動が多い一年でした。

2月にウガンダ赴任して、エチオピアに3回、 スーダンに3回、ケニアに1回出張して、日本との往復2回。

ウガンダ内では車移動、首都から7~8時間離れた北部にたぶん10回くらい行ったし、エチオピアスーダンに行く際も現地で長時間車移動が満載です。

NGO職員ですからね、現場にやはり行かないと。

 

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「現場にやはり行かないと」感満載な写真

 

 

しかししばらくの間ウガンダで家がなかったので、ホテル生活で移動が多かったのがやはり落ち着かなかったです。ようやく定住地が決まって、(その後いろいろあり、ウガンダのすんなりいかなささをたっぷり味わったものの)落ち着きました。家は大事。

 

 

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家から見る夜明け

 

 

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キッチンの外で時々おサルさんたちが散歩しています

 

 

そして車移動ですが、おかげ様でまったく車酔いせず、ガタガタ道にどんどん強くなってきます。腰がちょっと痛いけれど・・・ただ車酔いしないとは言え、ガタガタしながら何か読むのは難しいので、移動中はポッドキャストをたくさん聴きました。

 

BBCのニュースや TED Talk が定番ですが、サスペンスでアメリカで話題になった SERIAL を聴いたり、国際協力系の人のリアルでコアなお話がいろいろ聴ける Fairly.fm もよく聴きました。そしてエチオピア出張で Fairly.fm 主催の いつろーさん(@takahashi126) にお会いしたことで出演もしちゃいました。

 

2019年も移動は多い年になりそうです。

 

 

2.南スーダン難民

担当しているプロジェクトが、南スーダン難民と、難民を受け入れるホストコミュニティを対象としているので、南スーダン難民の動向や関連ニュースを追っています。実はこの仕事に就くまでは、難民のことは専門に勉強していたわけではなかったので、学ばなくてはいけないことだらけだし、日々新しく知ることばかりです。

同じ南スーダン難民といえど、担当している4ヶ国(ウガンダエチオピアスーダン南スーダン)でそれぞれ違うし、難民の中でも部族や宗教、経済状況等様々なので「難民」とひとくくりにできないということも見て実感してきました。

 

尚、日本国内の南スーダンに関する報道は自衛隊の日報問題に関することがメインになっていて、それが落ち着いた後はあんまり注目されていないですよね…

日報問題については私も布施祐仁さんと三浦英之さんの「日報隠蔽」の本を読んで勉強になったし(ブログに感想書こうとずっと思いつつ書いていない)、もちろん国民としてとても気になる問題なのですが、南スーダン=日報問題ではこちらではもちろんないし、日本政府は自衛隊以外の支援を続けているし、2018年9月に結ばれた和平合意が前回みたいに破られずに確実に履行されるためにも、世界からの熱い目線が必要と感じます。

 

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか (集英社学芸単行本)

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか (集英社学芸単行本)

 

 

今回の和平合意は周辺国も巻き込んだプロセスで実施し、今度こそ平和を継続させようという南スーダン。まだまだしばらくは不安定だと思いますが、良い方向に向かうことを祈りつつ目が離せません。 

 

 

3.保健

保健も、今の仕事に就くまで特に専門とは言えなかった分野ですが、仕事を通してすっかり保健プログラムにどっぷり浸かれて、重要性を再認識し、学び多き一年でした。広い保健関連の中で、水衛生、栄養改善、母子保健、性と生殖に関する健康、月経衛生管理 etc. 人の健康に関わることをたくさんプロジェクトで行いました。

 

あと、保健に関しては夏くらいからコンゴ民で始まったエボラの流行が大きなトピックでした。大きいコンゴ民の中の、しかしウガンダ国境沿いで史上第二番目の規模の大流行。これは絶対ウガンダに入ってくると思い、その場合カンパラとか人の出入りが多い所は絶対に拡がりそう…そしたらどうするんだろう…避難?と思ったんですが、今のところウガンダの患者数はまだゼロ。それってすごいですよね。

 

エボラは空気感染はしないから、とにかく接触で気をつければいいというのと、やっぱり国境沿いで感染を阻止している国際機関とか政府がすごい頑張って阻止しているのだろうなあ、と。

 


とはいえ、今713人のケースが発覚して、439人亡くなっているとのこと。まだまだ「安心」とは言えない状況です。ただ、なんとなく日本で持たれているように「かかったら即、死亡」という感じではなくて、普通に治療を受ければ治癒する可能性は高いようですが、でも、流行している地域がそもそも社会的に脆弱な人口が多いから、医療へのアクセスが十分じゃなくて亡くなってしまうケースが残念ながら多いようです。

まだまだ終わってないので、引き続き動向には注意しつつ。

 

また7月には、ウガンダにいるとエボラよりさらに身近に感じるマラリアによって、NGOで働く現地駐在員の方が亡くなられたこともショッキングなニュースでした。

 

亡くなられた直江さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 

 

4.ジェンダー

ジェンダーについては大学院の二年目からしっかり学んできた分野。今の団体が女の子のエンパワメントにすごく力を入れているので、それに引っ張られて私もさらに関心が高まっています。

 

今住んでいるウガンダの中でジェンダーに関する深刻なトピックの一つに、早すぎる結婚があります。それ関連の記事を書いて、ハフポストに掲載いただきました。

正直この記事は、ハフポストに載るということもありすごく書くの難しくて時間かけて書いた挙句の果てに、結局入れたいことと入れるのやめたことがごちゃごちゃになり、反省点がたくさんあるのですが、ウガンダの女の子たちの性と生殖に関する権利・健康にまつわる話の一端として読んでいただけると幸いです。

 

そして、仕事を通してたくさんのジェンダー関連の課題を扱う中、日本に関してもとっても気になるのがこの分野。

 

8月には、東京医科大学が女子だけ一律減点していたことが大ニュースになりました。


あと、順天堂大が「女子はコミュ力が高いから」と一律減点したとか。

こういうことが行われていたことが許せない、かつ入試関係者の倫理感に絶望するというのは大前提として、その後の国内の議論の方向性とかも、やっぱり私が勉強してきたジェンダー論や、留学していたニューヨーク等で話されていることからは少しずれていると感じ、日本はジェンダーの世界でどうしても今一歩と感じずにはいられない、憂う分野です。

 

あと、入試要綱にそんなこと書かずに操作していたことでこの入試のことは明らかな不正として大問題だけれど、企業の採用でも常にあからさまにこれがなされてますよね。女性は男性の補助的な立場で採用されることが当然であり、それが「幸せ」であるという社会通念が、それによって恩恵を被る人たちによって維持されている環境。総合職への女性の応募も多いだろうに、やっぱり同じ能力でも採用結果は男性の人数が多くなるように調整されること、当然のようになされていると感じます。

 

どうも話が噛み合わないと思う所に、男女平等は Win-Win だという視点が抜け落ちているというのがあります。結構、「ジェンダー」とか「フェミニズム」とかいうと、「男より女が活躍するように!」みたいな感じに取って、女性の権利の幅が広がることが、イコール男性の権利が圧迫されることだと感じている人が多いようですが、全然そうじゃない。

どんな人でもその多様な個性を持って社会で楽しく活躍できる土壌があってこそ、逆に「男はこうでなければならない」というような男性を縛り付けるステレオタイプ(そしてそれが、「男は強くなきゃ」に端を発した暴力とか、「男性が稼ぎ頭」として年収が低いとモテないとかにつながったりする)も和らぐし、みんながみんな、自分の幸せを追求しやすくなると思います。そのために同時進行で、まずは未だに低迷している女性の選択肢がフルに広げられるようにならなければいけない、そういうことだと思っています。

 

5.運動

なんかずっと仕事関連の話ばっかりなので、最後は生活的なこと。

2018年は、前より体力づくりと健康を意識して定期的に運動するようになりました。なんか、マラリア予防にも免疫高めておくことが重要かなーなどとも思い。

特に年の後半に定住地が決まってからは、 水泳と、家の中でできる筋トレ。ダンベルとヨガマットが活躍。姿勢がいつも悪いからちゃんとしたい。

 

そして次に日本に買ったら買おう!と前々から決めていた、ソニーの水の中で聴けるワイアレスヘッドフォンも無事持って帰って来て、聴きながら泳いでます。良い!!

(ちなみにBluetoothだと水の中は途切れるので、内蔵プレイヤーに音楽入れて聴いてます)

 

おかげで一年間まったく風邪もひかず、自分でもちょっとびっくりするくらい元気です。(お腹は定期的にやや壊しするものの・・・だいじょうぶ)

山登りも趣味と言いたいものの、夏に一回大山に登れただけなので、また行きたい。ウガンダでルウェンゾリ山チャレンジできるかな。(誰か一緒に行きませんか?)

2019年も過信せず、元気に。

 

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そういうわけで、新しい仕事を始めて新しい国に移った一年だったので、やっぱり仕事に関すること中心のキーワードになりました。とはいえブログの内容はものすごく適当に書いていて、特に深く考えてないしもちろん所属団体とは一切関係ないのであしからず、お願いいたします。

 

来年の今頃には、また新たなキーワードについて書けるように、仕事・生活の幅を拡げていこう。

 

皆さま本年もどうぞよろしくお願い致します。 

【読書】村上春樹 「遠い太鼓」

ウガンダから離任された方が残されていった日本語の古本を回りまわっていただく機会があって、その中に一冊だけあった村上春樹の本、「遠い太鼓」を読みました。

 

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

 

 

 

実家にも一冊置いてあるんですが、昔読んだ時と明らかに違うのは

「すごくアフリカの話だ!」

ということです。

 

いや、違うんですけど。

1986〜1989年の間、春樹氏が40代にちょうど入るあたりの3年間にギリシャとイタリアで過ごした期間に関する旅行記的なエッセイです。

 

でも読んでて、あれ、アフリカの本だっけ?と思ってしまうほど似ている。

アフリカと、30年前のイタリア&ギリシャ(もしかして今もなのかもしれないけどいくらなんでもそれはないと思うけど知らない)にここまでの共通点があるのかとびっくりの連続でした。

 

例えば、

 

とにかくこの国の役所というのは、もう致命的に煩雑で、非能率的で、不愛想で、官僚的である。おまけに細かい規則が多くて、またその規則が半年ごとにおもいつきでころころ変わるから、ほとんどだれも規則なんか覚えていないということになる。そんなわけでいたるところに制度的ブラックホールが生じる。

(中略)

僕がイタリア人につくづく感心するのは、彼らがこのような惨め極まりない状況を少しも改善しようとはしないことだ。そういう努力さえ払おうとしないことである。彼らが状況を改善しようとしないのは、まずだいいちにそんなことしたって無駄なだけだと認識しているからであり、第二に変革を志すよりは別の方法を考え出す方が彼らの性格にあっているからである。(中略)つまりイタリア人は公共サービスというものに対してまったくといっていいくらい幻想を抱いてはいない。そんなものをあてにするくらいなら、もっと別の方策を考える。個人的なコネクションや家族を大事にする。猛烈に脱税する。

 

「イタリア郵便事情」より 

 

もう、「ウガンダに来たいんですがどんな生活ですか?」と聞かれたら、まずこの本を読んでくれと薦めたいくらい似ている。がんばってもがんばっても、「これが最良であろう」という策を取り続けてもなお、どうにもならないことがある、ってことを思い出させてくれるのがウガンダ、そしてアフリカなのです。

 

「とにかくこういう風に働いているのだ」とおじさんは説明するが、そんなこと説明されても困る。我々はお湯を求めているのだ。「九時までには直ると言ったじゃない?」と僕は抗議する。(中略)おじさんは工事人に向かって「九時までには直ると言ったじゃないか」と抗議する。工事人はなんだかんだとよくわからないことを怒鳴り返す。全然らちがあかない。「じゃあ、何時ならお湯が出るんですか、確実に?」 「十二時」とおじさんは言う。「十二時にはちゃんと出るって」 どうだか、と僕は思う。(中略)よく朝起きてみても思った通りお湯は出なかった。お湯が出たのは最後の日の朝だった。

 

「ミコノスからクレタ島に行く」 

 

ギリシャやイタリアでも昔そうだったんだから、日本も昔はそうだったのかも、という考えもあるかもだけど、根拠はないけど絶対にそんなことないと思う。やっぱり、国ごとの気質ってあると思う。

 

僕が盗まれた現金の額を書き込むと、不愛想な女の警官が「あなた、金額なんて書き込まなくていいのよ。そんなの出てくるわけないんだから」と吐き捨てるように言う。そんなこと言われたら僕だって頭に来る。これだけの数の人間があんたの国に旅行に来て、ものを盗られて困ってるんだ、そんな言い方はないだろう、と怒鳴りたくもなる。でも怒鳴ったってらちはあかない。イタリアの役所で頭に来るたびに怒鳴っていたら、声帯がいくつあっても足りやしない。

 

「イタリア泥棒事情」より 

 

あまりにも似てる状況のところは読んでて少し苦しかったりもしたけれど、おおむね、

村上春樹もこういうことあったんだな」

と思って笑って元気が出ました。

 

 

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そして、こういう大変なことが多々ありつつも、

すごく快適な気候の下で夕方外でお酒飲んだり、

大自然をバックにたくさんの動物に出会ったり、

お調子者だけど温かく熱意ある人々と一緒に仕事したり、

そういうことで一気に気持ちが明るくなるし、ウガンダって絶対に憎めない国です。

 

世の中には「感じはとても良かったんだけど、今となってはどうもうまく顔が思い出せない」という人や、「けっこう厚かましくて適当な奴だったと思うけど、今でもありありと顔は思い出せる」という人がいますが、イタリアは言うまでもなく、100パーセント間違いなく、後者のタイプに属しています。

 

「文庫本のためのあとがき」より 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

最後に、この本はちなみに春樹氏がノルウェイの森を書いた時期から、それがドカンとベストセラーになった時期と重なっていて、大有名人になった戸惑いとある種の孤独、みたいなことも書かれています。ノルウェイの森より以前だから見える世界・書ける話、みたいのもあるのかなと思ったし、でも一貫して村上春樹です。

 

超おもしろいですよ、アフリカで会う機会があって読みたい方、先着一名差し上げます。

 

おわり