【読書】村上春樹 「遠い太鼓」

ウガンダから離任された方が残されていった日本語の古本を回りまわっていただく機会があって、その中に一冊だけあった村上春樹の本、「遠い太鼓」を読みました。

 

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

 

 

 

実家にも一冊置いてあるんですが、昔読んだ時と明らかに違うのは

「すごくアフリカの話だ!」

ということです。

 

いや、違うんですけど。

1986〜1989年の間、春樹氏が40代にちょうど入るあたりの3年間にギリシャとイタリアで過ごした期間に関する旅行記的なエッセイです。

 

でも読んでて、あれ、アフリカの本だっけ?と思ってしまうほど似ている。

アフリカと、30年前のイタリア&ギリシャ(もしかして今もなのかもしれないけどいくらなんでもそれはないと思うけど知らない)にここまでの共通点があるのかとびっくりの連続でした。

 

例えば、

 

とにかくこの国の役所というのは、もう致命的に煩雑で、非能率的で、不愛想で、官僚的である。おまけに細かい規則が多くて、またその規則が半年ごとにおもいつきでころころ変わるから、ほとんどだれも規則なんか覚えていないということになる。そんなわけでいたるところに制度的ブラックホールが生じる。

(中略)

僕がイタリア人につくづく感心するのは、彼らがこのような惨め極まりない状況を少しも改善しようとはしないことだ。そういう努力さえ払おうとしないことである。彼らが状況を改善しようとしないのは、まずだいいちにそんなことしたって無駄なだけだと認識しているからであり、第二に変革を志すよりは別の方法を考え出す方が彼らの性格にあっているからである。(中略)つまりイタリア人は公共サービスというものに対してまったくといっていいくらい幻想を抱いてはいない。そんなものをあてにするくらいなら、もっと別の方策を考える。個人的なコネクションや家族を大事にする。猛烈に脱税する。

 

「イタリア郵便事情」より 

 

もう、「ウガンダに来たいんですがどんな生活ですか?」と聞かれたら、まずこの本を読んでくれと薦めたいくらい似ている。がんばってもがんばっても、「これが最良であろう」という策を取り続けてもなお、どうにもならないことがある、ってことを思い出させてくれるのがウガンダ、そしてアフリカなのです。

 

「とにかくこういう風に働いているのだ」とおじさんは説明するが、そんなこと説明されても困る。我々はお湯を求めているのだ。「九時までには直ると言ったじゃない?」と僕は抗議する。(中略)おじさんは工事人に向かって「九時までには直ると言ったじゃないか」と抗議する。工事人はなんだかんだとよくわからないことを怒鳴り返す。全然らちがあかない。「じゃあ、何時ならお湯が出るんですか、確実に?」 「十二時」とおじさんは言う。「十二時にはちゃんと出るって」 どうだか、と僕は思う。(中略)よく朝起きてみても思った通りお湯は出なかった。お湯が出たのは最後の日の朝だった。

 

「ミコノスからクレタ島に行く」 

 

ギリシャやイタリアでも昔そうだったんだから、日本も昔はそうだったのかも、という考えもあるかもだけど、根拠はないけど絶対にそんなことないと思う。やっぱり、国ごとの気質ってあると思う。

 

僕が盗まれた現金の額を書き込むと、不愛想な女の警官が「あなた、金額なんて書き込まなくていいのよ。そんなの出てくるわけないんだから」と吐き捨てるように言う。そんなこと言われたら僕だって頭に来る。これだけの数の人間があんたの国に旅行に来て、ものを盗られて困ってるんだ、そんな言い方はないだろう、と怒鳴りたくもなる。でも怒鳴ったってらちはあかない。イタリアの役所で頭に来るたびに怒鳴っていたら、生態がいくつあっても足りやしない。

 

「イタリア泥棒事情」より 

 

あまりにも似てる状況のところは読んでて少し苦しかったりもしたけれど、おおむね、

村上春樹もこういうことあったんだな」

と思って笑って元気が出ました。

 

 

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そして、こういう大変なことが多々ありつつも、

すごく快適な気候の下で夕方外でお酒飲んだり、

大自然をバックにたくさんの動物に出会ったり、

お調子者だけど温かく熱意ある人々と一緒に仕事したり、

そういうことで一気に気持ちが明るくなるし、ウガンダって絶対に憎めない国です。

 

世の中には「感じはとても良かったんだけど、今となってはどうもうまく顔が思い出せない」という人や、「けっこう厚かましくて適当な奴だったと思うけど、今でもありありと顔は思い出せる」という人がいますが、イタリアは言うまでもなく、100パーセント間違いなく、後者のタイプに属しています。

 

「文庫本のためのあとがき」より 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

最後に、この本はちなみに春樹氏がノルウェイの森を書いた時期から、それがドカンとベストセラーになった時期と重なっていて、大有名人になった戸惑いとある種の孤独、みたいなことも書かれています。ノルウェイの森より以前だから見える世界・書ける話、みたいのもあるのかなと思ったし、でも一貫して村上春樹です。

 

超おもしろいですよ、アフリカで会う機会があって読みたい方、先着一名差し上げます。

 

おわり

いろいろ激うまくいかない

仕事していると諸々印刷しなくてはならないものが出てきますし、精算関連では複雑な印刷をたくさんしたくて(なので人に頼むじゃなく自分でやりたくて)、でも私が事務所で繋がっているプリンタが1カ月以上壊れていて、ITの人にしつこくお願いしたところ修理には出してくれたけど買った方が安いらしくて、「買うなら数日待てばいいか」なんてわけはなく、全ての調達に時間がかかる当地にて絶望していた中、西ナイル州にフィールド出張中、現場で印刷というのもなんか変だけどごめん、「よし!印刷するぞ!」と勇んでオフィスに来て、いざ印刷したら、トナーが瀕死で、一番右の部分だけ申し訳程度にかすかに文字が浮かんだ紙がペラっと出てきました。

ぺらっと。

 

さて、私はこんな感じで毎日やっておりますがみなさんいかがお過ごしでしょうか?

 

話を戻すと、プリンタ問題は些細なようで、だんだん沸々とフラストレーションが溜まってくるもの。(同じフロアにもう一つだけある他のプリンタには繋げない理由が別途ありますが長くなるので割愛)

 

なにか改善策はないものか…と考えたところ、前にカメルーン時代に開発コンサルの方がコンパクトプリンタを持ち歩いていたのを思い出し、ネットで購入。今月日本から出張で来る方に持って来ていただけることになりました。

 

 

 

 これ、2万円弱で、1.6㎏で、優れモノ。

これこそが、テクノロジーによる業務環境改善&ストレスマネジメントだな!すばらしい。

 

 

しかし、経費精算のため領収書を手配して、それがリンクで届いたのですが、

 

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とのこと。

普通だったらそんなに大したことではないのに、この環境にいると

「一回しか印刷できない」

という事実に思わず「ひっ」と息を飲みます。

確実に信頼のおけるプリンタが身近にない今、結構リスクの高いオペレーションの発生です。

 

しかし満を持して、事務所内のこのプリンタなら印刷できるという所で、それに繋がっている共通PCの宿命的に遅いネットから、個人用Gmailアドレスを開いて印刷することに。

まず最初にプリンタの中に十分紙があることを確認して、別の書類で試し印刷をして、高まる緊張感の中、震える手で印刷ボタンを押しました。

 

プリンタが無事に音を立てて動き出して一安心したのも束の間、なんだか紙が出る音が続く…

なんということでしょう、同じタイミングで別の人が大量の印刷を始めたのです。ただでさえ詰まりやすいプリンタで両面印刷で、

「えええ、だめだめだめ!」とプリンタに駆け寄ったのですが、私の渾身の応援も虚しく、案の定詰まって、直ってからも私が印刷しようとした領収書は出てこず。

  

。。。。。。。。。。。。。。。

 

まあ想像に難くないことに、こういうことが仕事上でも生活上でもたくさんあります。仕事上の問題を事細かにブログに書くわけにはいかないし、生活上の問題(家のインフラ関連)は本当に消耗してしまって書くとつらいので、この件を書きました。

 

いろいろ激うまくいかない。

ふぁ〜~

 

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ポッドキャスト初出演

この前エチオピアに行った時に、@takahashi126 さんのポッドキャスト@fairly_fm に出演させていただきました。

二つに分けて配信いただいています。

 

73 ストーリーの作り方、言い方次第 (中島泰子) – Fairly.fm

74 全部女性側が日本人で、男性側が外国人なんです(中島泰子) – Fairly.fm

 

NGO職員の仕事、ウガンダの難民政策、ジェンダー、今の仕事につく前の大学院生活についてなど、ちょっとこんなんでいいのかな、という語りですが逸郎さんにアシスト頂き話しました。喋り系全般に苦手意識あるので克服していきたい・・・

もしよかったらお聴きくださいね!

 

ちなみに中で話している大学院の卒業プロジェクトについては下記ブログでも書きました。

 

私は最近移動中はもっぱらポッドキャストを聞いています。

この Fairly.fm は「Fairly(フェアリー)は、フェアー(公平)な社会づくりをビジョンに、国際協力、開発協力、社会起業、NPO/NGOなどに携わる方々と組織や個人の取り組みなどについて話す社会派ポドキャストです。」ということで、

国際協力関連のお仕事の人の話がいろいろ聞けます。私の回ですでに73-74回目!

普段海外にいるからなかなかお話聞けない人の話を気軽にスマホで聴けるのはとてもありがたいですね。

Fairly.fm – NPO/NGO、国際協力、ソーシャルな活動、海外生活を紹介する社会派ポッドキャスト

聴覚で得た情報というのは、また独特な印象の残り方で頭に残る気がします。

読むよりある意味楽だけど、声のトーン等情報量が増えるし、しかし動画のように視覚情報が多いわけじゃないから独自のイメージを持つ余地もある、というような。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

尚、エチオピアでは今回もインジェラ三昧でした。

ファスティングの日(水曜と金曜、動物性食品を食べない)の日にオフィスの食堂で食べたこのベジタリアンインジェラが、綺麗だしおいしいしでお気に入りでした。

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おわり

エチオピア #3 日本は単一民族・単一言語でラッキーなのか

先日エチオピアに行ってきたのですが、事業地であるガンベラ州では最近セキュリティ状況がかなり不安定で、行動が制限されて予定していた活動が延期になってしまったりしました。

その原因は、複雑ではあるものの主には民族間の対立

この地域はもともとヌエル族の人が多く、州政府の役人もヌエル族が大半であるため、他の民族たち(特に二番目に多いアヌアック族)は不満を持っているという状況がずっとあり、今になって始まったことではありません。

ちなみに南スーダンから難民で入ってきてるのもヌエル族。だからガンベラではヌエル族の人口が増えていて、これまでの人口比率のバランスが崩れたのも背景にあり、そういった点では難民問題とも密接に関わっています。

 

もともと地域に根深く存在する紛争の種は、何かのきっかけで暴力を含む争いに一瞬で発展してしまいます。2016年に対立が悪化した時の最初のきっかけは、Non-profit の支援団体のドライバー("highlander"、アディスを含むいわゆるエチオピアの高地の伝統的な民族と言われる人たち)が難民キャンプ付近でヌエル族の子どもを2人ひき逃げしたことだったそうです。車の事故って本当によくあるし、ウガンダでもほぼ同じ状況で難民とホストコミュニティの対立が悪化したことが数か月前にあったし、うちの団体も無縁ではありません。(もちろんひき逃げはしないだろうけれど) 

その後報復による報復が民族間対立になり200人以上の死者が出たとか。ほんの二年前にこんなことがあったなんてこれまでよく知らなくて、驚いてしまいました。

こういう勉強してきたわりに、まだまだ自分に近いことしか知れていなくて世の中は問題がたくさん。 

Deadly Ethnic Strife Convulses Ethiopia-South Sudan Border - The New York Times

 

 

そんな風にガンベラ州はこれまでもこれからも混乱が続くと思うのですが、私がエチオピアにいる間にオロミア州の一部についても外務省の海外安全情報で危険レベルが「レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」に引き上げられました。

※ガンベラ州はもともとレベル2、国境付近については「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」

海外安全ホームページ: 危険情報詳細

 

 

オロミア州の対象地域では、オロモ族とソマリ族による民族間衝突が断続的に発生していて多数の死傷者が出ているとのこと。ここでもやっぱり民族間・・・

今年の4月以降、このあたり(エチオピア南部)では約100万人もの人が避難を余儀なくされています。


 

多様な民族がいてそれぞれ別の言語や文化を持つことはすごく興味深いこと。

でもそれが対立の原因になって殺し合いに発展したりするという状況、そしてそれがアフリカの各地で起きているということには言葉を失います。

 

そういう話を同僚のムレ(前回のブログ参照)としていた流れで、

「日本は民族ほぼ1つで、みんな日本語を話してラッキーだね」

と言われました。

 

そもそも正確に言うと単一民族ではなくて、アイヌの人たちとか琉球民族とかあるし、そのトピックの複雑性、当事者のみなさんの苦労は果てしないし、そう言った意味では日本も大多数の論理に従って、ただ単に周りがほぼ同じ民族だから少数派のことを考えることが足りていないのでまだまだ問題が山積みです。

 

それが大前提としてあって、その上で一旦それを脇に置かせてもらって、民族の多様性というのをまず気にしない日本の大多数の都市で育って、かなり「みんなが同じ」という要素が強い環境下の話をさせてください。

 

・・・そういう homogenous (=同種の、均質の)な社会だからこその課題もたくさんありますよね。「こうすべき」という社会規範が強かったり、その規範が変わりにくいから性差別がなかなか是正されなかったり、マイノリティの人権に関する議論が未だ不十分だったり、島国根性が強かったり、外国人を「よそ者」と見たり、それに派生してコンビニにの外国人バイトの人の日本語が完璧でないと文句を言うようなひどい人がいたり…

 

あと、特に学生たちは「みんなと同じ」というのが、強迫観念のように押し付けられたり。一部の学校の行きすぎた校則とか、熱中症になるまで頑張るスポ魂とか、就活の時期に街に画一的なリクルートスーツ姿の学生が量産されることとか、職場でも飲みやすいように透明のコーラとかミルクティー(!)が発売されることとか。

 

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多様性を当たり前のように認め合って、みんなが好きなことを好きにできる社会であってほしい。

 

でもそういうことって、民族が違うという理由で人が殺し合ったりしなきゃいけないこととは比較にならないから、やはり「ラッキーだね」と言われたらそれは否定できないのだとも思ったのです。

いつも日本のこと「いいね」と言われると、「そんなことなくてこんな、あんな問題があって・・・」と話したくなるのですが、民族間紛争の話を前にしては何も言えなくなる。

しかし何事にもいろんな背景はあって、それを気心の知れた同僚であり友人であるムレとだから、その「100%ラッキーだと言い切れない」部分の説明も時間をかけてできるのがよいことで、いずれにせよ一言で言いきれることではなく話せば話すほどいろいろ考えさせられるトピックです。

 

 

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ご飯食べてたら飛んで来た鳥。毎年、前回のブログでも書いたマスカル祭の時期のみ現れる鳥だから、マスカル鳥というそうです。複雑に光る青みがとっても綺麗。

 

 

ちなみに上記の日本の社会規範が強いことについてはいくつか例を挙げて説明しました。

まず、これを避けては通れない、時間について。

日本は時間守ることが超重要で、ミーティング9:00に始まるって言ったら本当に9:00に始まる。そのためにみんな7:23の電車に乗ろう、とか決めてて実際その電車に乗って8:36に会社に着く、とかいうことを説明して、 It’s crazy, right? But it’s real. という感じでした。このエチオピアの中でも特にのんびりした環境で話していると本当に笑っちゃうよな、という感じです。私も日本に帰ったらちゃんと電車検索してその時間に乗るのですけどね。

そもそも時間守ることは私はまあ好きなんですが、若いうちは特にそれを守らないと叱責されたりするのがね、大変ですよね。時間守ることより大切なことはたくさんあるのに、遅れると人間性まで否定されたりするような雰囲気があると。

 

あとエスカレーターのこととか。別に法律で決まっているわけではないけど、立つ人は左側で歩く人のために右を空けるとか(しかも東日本と西日本で違う)。旅行者でそれ知らなかったりすると舌打ちされたりとか。余裕を…!という感じ。

これを話してて、「そういえばエチオピアってエスカレーターないよね!?」となっのたのですが笑、「空港にあるやつね」ということで理解を得ました。

 

 。。。。。。。。。。。。。。

 

こんなことを、(セキュリティの関係でホテルから出られず、仕事関連で話し合うべきことも尽きつつ)いろいろ話していたところ、何かの話の流れでムレから

“What makes people happy in Japan?”

と聞かれました。

 

Happy とは・・・

うーん・・・

 

周りの人を見てると、happy とは、結婚とか出産とか家族のことに関わってる気がするなあ。そういう時に人はたくさん「おめでとう!」って言うしね。

私は今の生活や仕事をできていてなかなか嬉しいけど、だからって「今私は幸せだ!」と言ったり「おめでとう!」と言われる感じでもないしなあ。

みたいなことを言って、ムレは?と聞いたところ、

こういう風に他の国との違いを話すことでも happy を感じるよ、と言われた。

あと、人を呼んでコーヒー飲むこととか。そこらへんにいる人も「来て来て!一緒にコーヒー飲もう」と言うこととか。

と言われ、

おおおおお、

となりました。

私の happy の定義はなんて狭いんだろうか。そして、これほど定義を狭くすることにメリットがない言葉はない。いろんなことが happy でいいではないかー。

 

ムレと話すのは本当に楽しい。ムレが言ってること全部わかるし、私が話してることが全部ちゃんと伝わってる感じがするのです。特に後者についてはそういう気持ちになれることが、常ではないから。

「そうだよね、私もこういう話できてる今が happy だよ!」となりました。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

ちなみにこのブログは、アディスに戻る前、ガンベラ空港での長い待ち時間に書きました。ガンベラから帰る日もデモがあり、そうなると道路閉鎖されちゃうので早朝に移動して空港で待機していたのです。(その後いろいろ調べたり忘れたりしてたから公開まで時間かかりましたが…)

そしてネットが激弱いガンベラ。何かと内省的な時間になりましたが、ムレやフィールドで日々奮闘している同僚たちとじっくり話せてよかったです。

  

おわり

エチオピア #2 厳戒態勢、エチオピア正教、リップグロスの墓場

エチオピアって、 本当にいろいろ独特で知るたび魅力を感じます。

 

いろいろな面でなのですが、エチオピアはアフリカの中で(イタリアの一時的な統治を除いて)唯一独立を貫いた国であったり、独自の文字(アムハラ)を持っていたり、年月や時間の数え方が他の世界と違ったり、独自のファスティングを実践していたり。 主食のインジェラとかも。

 

エチオピアの独特さについては、@takahashi126 さんが書かれたこの記事がとてもわかりやすいです。


 

そしてこれら文化・慣習の大半が、エチオピアの Orthodox Christian(エチオピア正教)に関連しています。エチオピアで独自に発展したキリスト教の一派で、エチオピアでは過半数Wikiによれば約63%)が信仰しています。

 

エチオピアでのプロジェクトの同僚ムレも敬虔なエチオピア正教信者です。

ムレは前回来たときに書いたブログでも宗教の話をしてくれた人として登場しました。

 

実はこの前、私が担当している4ヶ国またがるプロジェクトの各国の担当者をウガンダに集め、4ヶ国のコーディネーション会議を行ったのですが、最終日の夕食はお肉食べ放題のお店を予約していたのです(いらないって言うまで永遠にシュラスコみたいなお肉をサーブしてくれるお店)。

それでベジタリアンいないか参加者に聞いた時、ムレが「その日はベジタリアン笑」って言って、しかし私は冗談だと思っちゃったんですが(笑いながら言ったのと、ファスティングの時期は終わっていたから)、実際レストランに行ってみると本当にその日は動物性のものが食べられないとのこと。ファスティングの期間でなくても、水曜と金曜は動物関連食べちゃいけなかったのです。(卵やミルクもだめ)

もう一人エチオピアから来た同僚(その人も同じ名前でムレ)もそうで、2人に「えー!冗談だと思っちゃったよ!ベジタリアンいないね、って私言った時に訂正してくれたらよかったのに!」と言ったら、「それが理由でレストラン変えてほしくなかったから」と言ってくれたのですが、失敗・・・久々の大きなカルチャーショックでした。

 

 

それで今度は私がエチオピアに出張で来て、たまたま首都アディスにいる間に、マスカル・フェスティバルという祝日がかぶって、その前夜祭が事務所のすぐ近くで行われるのでムレと一緒に見に行きました。(もちろん安全そうであることは事前確認して!)

大さっぱな理解ですが、ジーザスが磔にされた十字架 "true cross" の発見を祝う祝日だそうです。

 

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お祭りなのでエチオピアカラーの服を着るムレ

 

その会場の Meskel Square に歩いて行く途中、セキュリティがすごく厳しくて、水のペットボトルはもちろん、リップグロスみたいなものも持ち込み禁止されていて、私の日本から持ってきたやつも泣く泣くリップグロスの墓場(大量に捨てられていた)みたいなところに捨てる羽目になりました。シャネルのリップグロス持っていかなくてよかった。(もともと持っていないけれど)

ちなみにペンもだめです。尖っていますからね。

 

そして3カ所目のセキュリティチェックポイントで、なんとムレのかわいいエチオピアンカラーの服がだめと言われました。

祝日でエチオピア国旗色の服を着て何が悪いの!?と驚いたら、エチオピアの正式な国旗は星のエンブレムがついたもので、これがついてないからだめとのことです。

 

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なぜかというと、これには深い背景が・・・

というのは、もともとは赤黄緑だけの旗がどこでも使われていたものの、政府がこの星を入れることを推奨し始め、しかし国民は必ずしもそれに従わなかったところ2009年に星が入っていない旗の使用は法律で禁止されたそうです。違反すると、「5,000 birr(約2万円)の罰金か最長1年半の懲役」のペナルティが課せられるとのこと。

ふーむ。

 

それで足元を見たら、そこには赤黄緑のブレスレットやリボンの墓場が・・・

 

この色のキャップを被ったおじいちゃんも入場できなくて、帰り道残念そうにブツブツつぶやいててかわいそうでした。

 

でもまあしょうがないね、と言ってムレと別れ、ホテルに戻ってテレビで中継で見ました。

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ふむふむ、こんな感じなのね

 

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あ!この人も星なしの赤黄緑じゃない!?

 

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あ、背中に星があるからいいのか・・・

 

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クライマックス、これがきっと True Cross

 

しかし宗教のことだけでなく、今のエチオピアの治安コントロールの一端も見えた気がして、興味深い経験でした。

知れば知るほど深いエチオピア、またブログに登場すると思います。