いろいろ激うまくいかない

仕事していると諸々印刷しなくてはならないものが出てきますし、精算関連では複雑な印刷をたくさんしたくて(なので人に頼むじゃなく自分でやりたくて)、でも私が事務所で繋がっているプリンタが1カ月以上壊れていて、ITの人にしつこくお願いしたところ修理には出してくれたけど買った方が安いらしくて、「買うなら数日待てばいいか」なんてわけはなく、全ての調達に時間がかかる当地にて絶望していた中、西ナイル州にフィールド出張中、現場で印刷というのもなんか変だけどごめん、「よし!印刷するぞ!」と勇んでオフィスに来て、いざ印刷したら、トナーが瀕死で、一番右の部分だけ申し訳程度にかすかに文字が浮かんだ紙がペラっと出てきました。

 

ぺら・・・

 

私はこんな感じで毎日やっています。

 

プリンタ問題は些細なようで、だんだん沸々とフラストレーションが溜まってくるもの。(同じフロアにもう一つだけプリンタがあるけれどそれに繋げない理由いろいろ、長くなるので割愛)

 

なにか改善策はないものか…と考えたところ、前にカメルーン時代に開発コンサルタントの方がコンパクトプリンタを持ち歩いていたのを思い出し、ネットで購入。今月日本から出張で来る方に持って来ていただけることになりました。

 

 

エプソン モバイルプリンター A4 インクジェット スマホプリント PX-S05B ブラック
 

 

 これ、2万円弱で、1.6㎏で、優れモノ。

これこそが、テクノロジーによる業務環境改善&ストレスマネジメントだな!すばらしい。

 

 

しかし、経費精算のため領収書を手配して、それがリンクで届いたのですが、

 

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とのこと。

普通だったらそんなに大したことではないのに、この環境にいると

「一回しか印刷できない」

という事実に思わず「ひっ」と息を飲みます。

確実に信頼のおけるプリンタが身近にない今、結構リスクの高いオペレーションの発生です。

 

しかし満を持して、事務所内のこのプリンタなら印刷できるという所で、それに繋がっている共通PCの宿命的に遅いネットから、個人用Gmailアドレスを開いて印刷することに。

まず最初にプリンタの中に十分紙があることを確認して、別の書類で試し印刷をして、高まる緊張感の中、震える手で印刷ボタンを押しました。

 

プリンタが無事に音を立てて動き出して一安心したのも束の間、なんだか紙が出る音が続く…

なんということでしょう、同じタイミングで別の人が大量の印刷を始めたのです。ただでさえ詰まりやすいプリンタで両面印刷で、

「えええ、だめだめだめ!」とプリンタに駆け寄ったのですが、私の渾身の応援も虚しく、案の定詰まって、直ってからも私が印刷しようとした領収書は出てこず。

  

。。。。。。。。。。。。。。。

 

まあ想像に難くないことに、こういうことが仕事上でも生活上でもたくさんあります。仕事上の問題を事細かにブログに書くわけにはいかないし、生活上の問題(家のインフラ関連)は本当に消耗してしまって書くとつらいので、この件を書きました。

 

いろいろ激うまくいかない。

ふぁ〜~

 

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ポッドキャスト初出演

この前エチオピアに行った時に、@takahashi126 さんのポッドキャスト@fairly_fm に出演させていただきました。

二つに分けて配信いただいています。

 

73 ストーリーの作り方、言い方次第 (中島泰子) – Fairly.fm

74 全部女性側が日本人で、男性側が外国人なんです(中島泰子) – Fairly.fm

 

NGO職員の仕事、ウガンダの難民政策、ジェンダー、今の仕事につく前の大学院生活についてなど、ちょっとこんなんでいいのかな、という語りですが逸郎さんにアシスト頂き話しました。喋り系全般に苦手意識あるので克服していきたい・・・

もしよかったらお聴きくださいね!

 

ちなみに中で話している大学院の卒業プロジェクトについては下記ブログでも書きました。

 

私は最近移動中はもっぱらポッドキャストを聞いています。

この Fairly.fm は「Fairly(フェアリー)は、フェアー(公平)な社会づくりをビジョンに、国際協力、開発協力、社会起業、NPO/NGOなどに携わる方々と組織や個人の取り組みなどについて話す社会派ポドキャストです。」ということで、

国際協力関連のお仕事の人の話がいろいろ聞けます。私の回ですでに73-74回目!

普段海外にいるからなかなかお話聞けない人の話を気軽にスマホで聴けるのはとてもありがたいですね。

Fairly.fm – NPO/NGO、国際協力、ソーシャルな活動、海外生活を紹介する社会派ポッドキャスト

聴覚で得た情報というのは、また独特な印象の残り方で頭に残る気がします。

読むよりある意味楽だけど、声のトーン等情報量が増えるし、しかし動画のように視覚情報が多いわけじゃないから独自のイメージを持つ余地もある、というような。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

尚、エチオピアでは今回もインジェラ三昧でした。

ファスティングの日(水曜と金曜、動物性食品を食べない)の日にオフィスの食堂で食べたこのベジタリアンインジェラが、綺麗だしおいしいしでお気に入りでした。

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おわり

エチオピア #3 日本は単一民族・単一言語でラッキーなのか

先日エチオピアに行ってきたのですが、事業地であるガンベラ州では最近セキュリティ状況がかなり不安定で、行動が制限されて予定していた活動が延期になってしまったりしました。

その原因は、複雑ではあるものの主には民族間の対立

この地域はもともとヌエル族の人が多く、州政府の役人もヌエル族が大半であるため、他の民族たち(特に二番目に多いアヌアック族)は不満を持っているという状況がずっとあり、今になって始まったことではありません。

ちなみに南スーダンから難民で入ってきてるのもヌエル族。だからガンベラではヌエル族の人口が増えていて、これまでの人口比率のバランスが崩れたのも背景にあり、そういった点では難民問題とも密接に関わっています。

 

もともと地域に根深く存在する紛争の種は、何かのきっかけで暴力を含む争いに一瞬で発展してしまいます。2016年に対立が悪化した時の最初のきっかけは、Non-profit の支援団体のドライバー("highlander"、アディスを含むいわゆるエチオピアの高地の伝統的な民族と言われる人たち)が難民キャンプ付近でヌエル族の子どもを2人ひき逃げしたことだったそうです。車の事故って本当によくあるし、ウガンダでもほぼ同じ状況で難民とホストコミュニティの対立が悪化したことが数か月前にあったし、うちの団体も無縁ではありません。(もちろんひき逃げはしないだろうけれど) 

その後報復による報復が民族間対立になり200人以上の死者が出たとか。ほんの二年前にこんなことがあったなんてこれまでよく知らなくて、驚いてしまいました。

こういう勉強してきたわりに、まだまだ自分に近いことしか知れていなくて世の中は問題がたくさん。 

Deadly Ethnic Strife Convulses Ethiopia-South Sudan Border - The New York Times

 

 

そんな風にガンベラ州はこれまでもこれからも混乱が続くと思うのですが、私がエチオピアにいる間にオロミア州の一部についても外務省の海外安全情報で危険レベルが「レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」に引き上げられました。

※ガンベラ州はもともとレベル2、国境付近については「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」

海外安全ホームページ: 危険情報詳細

 

 

オロミア州の対象地域では、オロモ族とソマリ族による民族間衝突が断続的に発生していて多数の死傷者が出ているとのこと。ここでもやっぱり民族間・・・

今年の4月以降、このあたり(エチオピア南部)では約100万人もの人が避難を余儀なくされています。


 

多様な民族がいてそれぞれ別の言語や文化を持つことはすごく興味深いこと。

でもそれが対立の原因になって殺し合いに発展したりするという状況、そしてそれがアフリカの各地で起きているということには言葉を失います。

 

そういう話を同僚のムレ(前回のブログ参照)としていた流れで、

「日本は民族ほぼ1つで、みんな日本語を話してラッキーだね」

と言われました。

 

そもそも正確に言うと単一民族ではなくて、アイヌの人たちとか琉球民族とかあるし、そのトピックの複雑性、当事者のみなさんの苦労は果てしないし、そう言った意味では日本も大多数の論理に従って、ただ単に周りがほぼ同じ民族だから少数派のことを考えることが足りていないのでまだまだ問題が山積みです。

 

それが大前提としてあって、その上で一旦それを脇に置かせてもらって、民族の多様性というのをまず気にしない日本の大多数の都市で育って、かなり「みんなが同じ」という要素が強い環境下の話をさせてください。

 

・・・そういう homogenous (=同種の、均質の)な社会だからこその課題もたくさんありますよね。「こうすべき」という社会規範が強かったり、その規範が変わりにくいから性差別がなかなか是正されなかったり、マイノリティの人権に関する議論が未だ不十分だったり、島国根性が強かったり、外国人を「よそ者」と見たり、それに派生してコンビニにの外国人バイトの人の日本語が完璧でないと文句を言うようなひどい人がいたり…

 

あと、特に学生たちは「みんなと同じ」というのが、強迫観念のように押し付けられたり。一部の学校の行きすぎた校則とか、熱中症になるまで頑張るスポ魂とか、就活の時期に街に画一的なリクルートスーツ姿の学生が量産されることとか、職場でも飲みやすいように透明のコーラとかミルクティー(!)が発売されることとか。

 

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多様性を当たり前のように認め合って、みんなが好きなことを好きにできる社会であってほしい。

 

でもそういうことって、民族が違うという理由で人が殺し合ったりしなきゃいけないこととは比較にならないから、やはり「ラッキーだね」と言われたらそれは否定できないのだとも思ったのです。

いつも日本のこと「いいね」と言われると、「そんなことなくてこんな、あんな問題があって・・・」と話したくなるのですが、民族間紛争の話を前にしては何も言えなくなる。

しかし何事にもいろんな背景はあって、それを気心の知れた同僚であり友人であるムレとだから、その「100%ラッキーだと言い切れない」部分の説明も時間をかけてできるのがよいことで、いずれにせよ一言で言いきれることではなく話せば話すほどいろいろ考えさせられるトピックです。

 

 

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ご飯食べてたら飛んで来た鳥。毎年、前回のブログでも書いたマスカル祭の時期のみ現れる鳥だから、マスカル鳥というそうです。複雑に光る青みがとっても綺麗。

 

 

ちなみに上記の日本の社会規範が強いことについてはいくつか例を挙げて説明しました。

まず、これを避けては通れない、時間について。

日本は時間守ることが超重要で、ミーティング9:00に始まるって言ったら本当に9:00に始まる。そのためにみんな7:23の電車に乗ろう、とか決めてて実際その電車に乗って8:36に会社に着く、とかいうことを説明して、 It’s crazy, right? But it’s real. という感じでした。このエチオピアの中でも特にのんびりした環境で話していると本当に笑っちゃうよな、という感じです。私も日本に帰ったらちゃんと電車検索してその時間に乗るのですけどね。

そもそも時間守ることは私はまあ好きなんですが、若いうちは特にそれを守らないと叱責されたりするのがね、大変ですよね。時間守ることより大切なことはたくさんあるのに、遅れると人間性まで否定されたりするような雰囲気があると。

 

あとエスカレーターのこととか。別に法律で決まっているわけではないけど、立つ人は左側で歩く人のために右を空けるとか(しかも東日本と西日本で違う)。旅行者でそれ知らなかったりすると舌打ちされたりとか。余裕を…!という感じ。

これを話してて、「そういえばエチオピアってエスカレーターないよね!?」となっのたのですが笑、「空港にあるやつね」ということで理解を得ました。

 

 。。。。。。。。。。。。。。

 

こんなことを、(セキュリティの関係でホテルから出られず、仕事関連で話し合うべきことも尽きつつ)いろいろ話していたところ、何かの話の流れでムレから

“What makes people happy in Japan?”

と聞かれました。

 

Happy とは・・・

うーん・・・

 

周りの人を見てると、happy とは、結婚とか出産とか家族のことに関わってる気がするなあ。そういう時に人はたくさん「おめでとう!」って言うしね。

私は今の生活や仕事をできていてなかなか嬉しいけど、だからって「今私は幸せだ!」と言ったり「おめでとう!」と言われる感じでもないしなあ。

みたいなことを言って、ムレは?と聞いたところ、

こういう風に他の国との違いを話すことでも happy を感じるよ、と言われた。

あと、人を呼んでコーヒー飲むこととか。そこらへんにいる人も「来て来て!一緒にコーヒー飲もう」と言うこととか。

と言われ、

おおおおお、

となりました。

私の happy の定義はなんて狭いんだろうか。そして、これほど定義を狭くすることにメリットがない言葉はない。いろんなことが happy でいいではないかー。

 

ムレと話すのは本当に楽しい。ムレが言ってること全部わかるし、私が話してることが全部ちゃんと伝わってる感じがするのです。特に後者についてはそういう気持ちになれることが、常ではないから。

「そうだよね、私もこういう話できてる今が happy だよ!」となりました。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

ちなみにこのブログは、アディスに戻る前、ガンベラ空港での長い待ち時間に書きました。ガンベラから帰る日もデモがあり、そうなると道路閉鎖されちゃうので早朝に移動して空港で待機していたのです。(その後いろいろ調べたり忘れたりしてたから公開まで時間かかりましたが…)

そしてネットが激弱いガンベラ。何かと内省的な時間になりましたが、ムレやフィールドで日々奮闘している同僚たちとじっくり話せてよかったです。

  

おわり

エチオピア #2 厳戒態勢、エチオピア正教、リップグロスの墓場

エチオピアって、 本当にいろいろ独特で知るたび魅力を感じます。

 

いろいろな面でなのですが、エチオピアはアフリカの中で(イタリアの一時的な統治を除いて)唯一独立を貫いた国であったり、独自の文字(アムハラ)を持っていたり、年月や時間の数え方が他の世界と違ったり、独自のファスティングを実践していたり。 主食のインジェラとかも。

 

エチオピアの独特さについては、@takahashi126 さんが書かれたこの記事がとてもわかりやすいです。


 

そしてこれら文化・慣習の大半が、エチオピアの Orthodox Christian(エチオピア正教)に関連しています。エチオピアで独自に発展したキリスト教の一派で、エチオピアでは過半数Wikiによれば約63%)が信仰しています。

 

エチオピアでのプロジェクトの同僚ムレも敬虔なエチオピア正教信者です。

ムレは前回来たときに書いたブログでも宗教の話をしてくれた人として登場しました。

 

実はこの前、私が担当している4ヶ国またがるプロジェクトの各国の担当者をウガンダに集め、4ヶ国のコーディネーション会議を行ったのですが、最終日の夕食はお肉食べ放題のお店を予約していたのです(いらないって言うまで永遠にシュラスコみたいなお肉をサーブしてくれるお店)。

それでベジタリアンいないか参加者に聞いた時、ムレが「その日はベジタリアン笑」って言って、しかし私は冗談だと思っちゃったんですが(笑いながら言ったのと、ファスティングの時期は終わっていたから)、実際レストランに行ってみると本当にその日は動物性のものが食べられないとのこと。ファスティングの期間でなくても、水曜と金曜は動物関連食べちゃいけなかったのです。(卵やミルクもだめ)

もう一人エチオピアから来た同僚(その人も同じ名前でムレ)もそうで、2人に「えー!冗談だと思っちゃったよ!ベジタリアンいないね、って私言った時に訂正してくれたらよかったのに!」と言ったら、「それが理由でレストラン変えてほしくなかったから」と言ってくれたのですが、失敗・・・久々の大きなカルチャーショックでした。

 

 

それで今度は私がエチオピアに出張で来て、たまたま首都アディスにいる間に、マスカル・フェスティバルという祝日がかぶって、その前夜祭が事務所のすぐ近くで行われるのでムレと一緒に見に行きました。(もちろん安全そうであることは事前確認して!)

大さっぱな理解ですが、ジーザスが磔にされた十字架 "true cross" の発見を祝う祝日だそうです。

 

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お祭りなのでエチオピアカラーの服を着るムレ

 

その会場の Meskel Square に歩いて行く途中、セキュリティがすごく厳しくて、水のペットボトルはもちろん、リップグロスみたいなものも持ち込み禁止されていて、私の日本から持ってきたやつも泣く泣くリップグロスの墓場(大量に捨てられていた)みたいなところに捨てる羽目になりました。シャネルのリップグロス持っていかなくてよかった。(もともと持っていないけれど)

ちなみにペンもだめです。尖っていますからね。

 

そして3カ所目のセキュリティチェックポイントで、なんとムレのかわいいエチオピアンカラーの服がだめと言われました。

祝日でエチオピア国旗色の服を着て何が悪いの!?と驚いたら、エチオピアの正式な国旗は星のエンブレムがついたもので、これがついてないからだめとのことです。

 

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なぜかというと、これには深い背景が・・・

というのは、もともとは赤黄緑だけの旗がどこでも使われていたものの、政府がこの星を入れることを推奨し始め、しかし国民は必ずしもそれに従わなかったところ2009年に星が入っていない旗の使用は法律で禁止されたそうです。違反すると、「5,000 birr(約2万円)の罰金か最長1年半の懲役」のペナルティが課せられるとのこと。

ふーむ。

 

それで足元を見たら、そこには赤黄緑のブレスレットやリボンの墓場が・・・

 

この色のキャップを被ったおじいちゃんも入場できなくて、帰り道残念そうにブツブツつぶやいててかわいそうでした。

 

でもまあしょうがないね、と言ってムレと別れ、ホテルに戻ってテレビで中継で見ました。

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ふむふむ、こんな感じなのね

 

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あ!この人も星なしの赤黄緑じゃない!?

 

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あ、背中に星があるからいいのか・・・

 

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クライマックス、これがきっと True Cross

 

しかし宗教のことだけでなく、今のエチオピアの治安コントロールの一端も見えた気がして、興味深い経験でした。

知れば知るほど深いエチオピア、またブログに登場すると思います。

 

アフリカ駐在員の週末(意識高いver.)

「休日は何をしているの?」

と聞かれた時、いつも自分で何してるんだろう、と思うわけです。

 

本読んだり、Netflix観たり、ジム行ったり、手洗いなので時間がかかる洗濯、ヤモリの糞を拾ったり、基本インドア。

 

ダラダラしていることや、突然部屋に舞い込んできたコウモリとの闘いのことを書いてもどうしようもないので、週末やることで唯一の意識高い系活動である、日本人の友人たちとの勉強会のことを紹介したいと思います。

 

NYの大学院の同級生で、関心や立場が似てるからいろいろ仲良くさせてもらってた友達が、たまたま私とほぼ同時期に別組織の仕事でカンパラ赴任になったので引き続き仲良しなのですが、その子が提案してくれてやることになりました。

同級生が近くにいるのはとても心強い~

 

まだメンバー4人なのですが、UNHCR 2人、IOM 1一人、そして私で、2~3週間に一回集まって、仕事でやっていることを中心に情報シェアしています。

(ウガンダ在住で、参加したい人はぜひ声かけてください!)

 

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こんな素敵なカフェでやったり。この Kardamom & Koffee というカフェのコーヒーが今のところ私的ウガンダ No.1コーヒーです。

でも日月はお休みなのと、空いてる日も18時までなのでお気を付けください。そういう、のんびりした経営なのも良いですよね。

 

  

メンバーたちは、今のところ4人とも難民に関わる仕事をしていて、例えば一人は難民認定(Refugee Status Determination)の仕事をしています。政府の人たちと顔を突き合わせて一緒に実際の一つ一つの申請ケースを扱って、その認定プロセスの円滑化や、庇護者(難民認定を受けるために本国から逃げてきた人)へのインタビューの質の向上のために奔走しています。


 

また、CRRF(Comprehensive Refugee Response Framework)という、大規模な難民の発生に対する国際協力に関して包括的に定めたフレームワークがあり、ウガンダ政府はこれを採用することで多数のドナーを巻き込みながら緊急支援と開発を組み合わせて進めている(これがとても大事)のですが、これの普及を担い、政府や各ドナーと協力する仕事をしている人もいます。

 

 

NGOの仕事も現場が近いことがおもしろいけれど、やっぱりこういう風に政策に深く刺さりこむ仕事をしている人たちってすごいし話は面白いし、とても勉強になります。自分の仕事をしているだけではまず知ることができない内容、でも大きな視点ではすごく関りの深い内容。

 

そして発表者としても、自分が何やってるかをまとめて人に伝える良い機会だし、組織外の人だから着目する質問を投げかけられたりするのも勉強になります。

 

あと単純に、日本語で話してもらえると複雑なこともよく理解できるというのもあり。

大学院の時や今の仕事でも、時々ふと「これすべて母国でインプットできたらさらに全部よくわかってうまく反応できるのだよな。やはり英語で慣れてきたとは言え、理解度にハンデがある・・・」と思うことがあります。そういう普段のハンデを自覚するからこそ、日本語がありがたい。

 

あと、英語を長時間聞いてると集中切れて聞き流しちゃうことあるし。ウガンダの人たちはスピーチ上手で雄弁な人が多いから、ついつい「うんうん」と聞きながら夕飯何にしようか考えたりしていてふと我に返る。

同時に、英語で仕事する機会を持てているのは望んだことだし、嬉しいのですけどね。

 

 

それで、私からの発表としては、自分の組織の紹介、やってるプロジェクトの紹介、出張で行ったエチオピアやスーダンの報告、等をやりました。PPTが結構溜まってきています。

今後は仕事のこと以外にも、開発ワーカーとしてのジレンマやチャレンジについての議論とか、キャリア・ディベロップメントをお互いに考えるグループワークとかもやってみたいです。

 

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同カフェのブラウニーもすごくおいしい

 

おわり

 

住む場所起因のストレス

この前、出張に夏休みを組み合わせて、しばらく日本に一時帰国していました。

本当にびっくりするほど暑くてアフリカ生活でこんなに汗かいたことない、っていうほどの汗を毎日かきました。

 

いや、暑かった。 

でもそれを補ってもあまり余るくらい、日本はやっぱり楽しかったです。

 

友達との再会、BBQ、山登り、草津温泉、いろいろおいしいものと、買い物。

 

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(しばらくずっとしたいと思っていた山登り。大山にて。) 

 

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(母と行った草津温泉の湯畑)

 

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(今回最大のイベントは親友の結婚式。感無量。)

 

 

そして、楽しいというのとはまた別に、日本に帰る、、、に限らなくても一度赴任国周辺を出るのは、海外駐在員が心身ともに健康でいるにあたってとても重要。リフレッシュボタンを押すことになります。

 

一時帰国するまでは、約半年間ウガンダに住んでいて、日本に帰る直前頃はなんか普段よりイライラの種が溜まっているというか、いろいろ起こる「なんで~~~!?」ということに関してちょっと強くまくしたてちゃうような兆候を自分の中に感じました。

 

例えば、

 

地方のホテルで夕食頼もうか迷っていて、何分かかるか聞いたら15分と言われたから頼んだのに2時間待たなきゃいけなかったり、

 

数回だけ会った運転手さんにある日突然、「借金返さなきゃいけないからお金貸して」って言われたり、

 

朝イチで始める会議、時間厳守でと言われたから渋滞見越してものすごく早く家を出てスタンバイしていたのに主催者が一時間遅れで来たり、

 

あとウーバーのはじめて会った運転手さんに「子どもいる?結婚してないの?なんでしないの?早くしなよ」と言われる(日に二回)、みたいな些細なこととか。

 

 

生活しているとモヤモヤの種がいろいろあって、一つ一つは全く大したことじゃないのだけれど、やっぱり蓄積してくるからどこかでプチンと爆発したらどうしよう、という不安が。キレる外国人、絶対によくない。

私は自覚していたし「もうそろそろ日本に帰ったらリフレッシュできるから大丈夫。」って思えたけれど、そういうのに気づかずにただストレス溜め続けた人が、時々爆発しちゃうのだと思います。

 

海外赴任すると、一般的に

移住期 → 不適応期(不満期) → 諦観期 → 適応期

というのを経るというのも聞きますよね。

解説はこちら:https://www.jpc-net.jp/paper/kaigai8/kaigai1.pdf

 

私は前のカメルーン生活も入れてアフリカ生活と考えれば、もう不適応期は越えたかな、という気はするものの、でもまあ引っ越しとかしたり組織が変わったりすると、波の大きさはあれこのサイクルがまたありますよね。どうしたってストレスは溜まるのだからそのマネジメントが重要。

 

なので、半年くらいで一回日本に一時帰国できたのはとても良いリフレッシュ。

 

アフリカだと、どうしたって安全対策のために日本にいるよりは気を張っていますしね。暴動に巻き込まれないようにから、病気にならないように、歩きスマホしない、とかまで。

 

カンパラの地獄の渋滞との関係性もかなり煮詰まってきてたから、彼としばらく距離を置けたのもありがたい…渋滞本当に本当にひどくて、これによってありとあらゆることが予定通り進まないしウーバーは30分待っても来ないし排気ガスで肺も服も薄汚れていきます。

 

また帰ってきたらこういうことに気を取られながらの生活だけれど、でもこれまでの溜まったポイントが一時帰国でリセットされて、再度ゼロポイントから始められる感があります。まあこれは、心の持ちようですが。

 

 

一方!

この住む場所起因のストレスというのは、何もアフリカだけではなくて、違う場所でもあるのですよね。

日本に住んでたら住んでたで日本ストレスが。もちろんあるわけで。

例えば私はものすごく寒いのが苦手なので、冬が長くて寒い、というのだってなかなか厳しいです。

それに比べ、今住んでいるカンパラは、赤道直下だけれど標高が高いので一年中「暑すぎない夏」という感じで、雨も日中はそんなに降らず、でも乾燥もしておらず、天候パーフェクト。

 

それ以外にも、満員電車とか、いろいろ「こうあるべき」という見えないルールとか、長時間労働とか、島国気質なところとか・・・

そこに長くいるから息詰まる、ってことあります。

 

ウガンダ、日本、アメリカ、どこでも、それぞれ。

 

だから、日本に住み続けてたらやっぱり旅行行くことはこういう視点でも重要だと思う。

ちなみに私が行きたい旅行先は、温泉か沖縄。絶対的この二択ですな!

あとの時期の日本(どこでも)。これっていつ達成できるのだろうか。

 

*****

ちなみにウガンダでは、ストハラによるストレスはほぼないです。

ゼロではないけれど。

それだけで住みやすさが全然ちがう!!

 

 

カメルーンはこの点は、やっぱりもうちょっと頑張ってほしい。

 

おわり

【読書】 マーティ・O・レイニー「内向型を強みにする」

内向型・・・

うん、強みにしたい!

と単純に思いKindleストアでぽちり。

 

内向型を強みにする

内向型を強みにする

 

 

 

最初から、内向型である著者のいろいろな言葉に同意。 

 

 外向型は、外の世界からエネルギーを得る。彼らのほとんどは、人と話したり、外のさまざまな活動に参加したり、人や活動や物に囲まれて働くことを好む。(中略)これに対して、内向型の人は、なかの世界から、つまり、アイデアや感情やイメージからエネルギーを得る。(中略)内向型には、物事をじっくり考え、自分を充電するための静かな場所が必要だ。ふうっ!久々にビルに会えてすごく楽しかったけれど、パーティが終わってくれてよかった!彼らはほっとしてそう思う。

とか。

 

 

自分は小心者で引っこみ思案なのだとわたしは考えた。ところが、あるときは気づまりで居心地が悪いのに、なんともないときもある。また、最高に楽しく過ごしている最中に、出口に目をやって、パジャマでベッドにもぐりこむ自分を想像することもあった。 

とか。

 

 

内向型の人に対するもうひとつの大きな偏見―― 内向型は社交嫌いだという考えだ。 内向型の人々は、非社交的なわけではない。ただちがうかたちで人と交わっているだけなのである。内向型の人は、多くのつきあいは必要としないが、より親密な強い結びつきを好む。他者とかかわることは、わたしたち内向型から大量のエネルギーを奪い取る。そのためわたしたちは、あまり社交にエネルギーを使う気になれない。無意味なおしゃべりを喜ばないのもそのためだ。 

とか。

  

内向型には内向型のいいところも沢山あるし、私の周りの人にだって内向的な人がたくさんいるからそれでいいのですが、問題は私もやっぱり「外交的」な性質を身に着けたいということ。というか、この社会は外交的であることが重要視されるし、今の仕事(そしてどんな仕事だって程度の差はあれ)はコミュニケーション能力がものを言うから。

 

私自身も、「社交的でありたい」という気持ちから発して、昔はなんとなく自分は外交的だと勘違いしていた(思い込んでいた)感があるのですが、それでかなり空回りしたことを思い出すと恥ずかしい。最近は自分の特徴も昔よりはわかってきました。

だからきっと重要なことは、自分の特徴を知った上で、それをどう強みにするかということ。内向型であることはいいのだけれど、それでも人前ではうまくしゃべりたいし、パーティで社交もしたいし、おもしろい話ができるようにもなりたいし、世界を広げたい。

そしてそれって矛盾しない、ということをこの本を読んで実感します。

 

 

 

外向型の人との付き合い方

そして、この本を読んでいてて、内向型について考えると同時に、外向型の人々との付き合い方についても考えられたのがよかったです。

例えば、内向型の親が外向型の子どもに接するときのアドバイスの部分から抜粋。

 

外向型の子供は、お天気のように、さまざまな気分を見せる。舞い上がったり、落ち込んだり。ときとして彼らは、他人の気持ちに気づかない。親の怒りを無視することもある。親が怒れば、しばらくは後悔するだろう。彼らは明るく肯定してもらうのが好きだから。しかし内向的な子供とちがって、その出来事をもう一度考えることはないのかもしれない。外交型の子供にとって、それは広がっては消えていく雷雲のようなもの――もうすんだことで、かたがついているのだ。 

 

年齢問わず、本当にこれに当てはまる人っているよなあ!と。

同じことでも私の受け取り方と外向型の人の受け取り方は違うということ。

私がウジウジ考えることでも相手は忘れてる場合だってあるんだということ。

 

例えば最近、外向型の見本例のような友人に、「私がボーイフレンドと別れたこと言ったっけ?」と本気で聞かれて、数日前にわざわざ WhatsApp で言われてたし大事なことだからもちろん印象に残っていたけれど、言った友人はいろんな人にいろんなことを話すから、そこまで印象に残っていないのだな、という。私は結構、自分が話したことも人に話されたことも覚えているタイプだけれど、みんながみんなそうじゃなくて、それも性質の違い。逆に、相手が言ったことを覚えるのが得意と言うのは強みにしたらいいのかもしれないです。

 

 

自分を追い込まないこと

あと、ミーティングや学校の授業とかでガンガン話して、話すことで考えたり意見をまとめていく人はよくいるけれど、私はなかなかそれについていけなくて、自分の意見をまとめる時、特にアイディアを出さなきゃいけない時って一人で机に座って考える時間がないと難しい。

そして、もし考えながら話さなきゃいけない時はすごく喋りがゆっくりになってしまう。(というか基本的にゆっくり)

このことについて、自分は頭の回転が遅いからついていけないし、考えながら早く話せないんだ、と折に触れては思うのですが、実はこれも内向型の特徴だとこの本に書いてありました。

「頭の回転が遅い」ことがではなくて笑、自分一人でエネルギーを保存する時間が必要なこと、自分なりのペースの設定が必要なこと、周囲に邪魔されず考える時間が必要なこと。

逆に外向型の人は考えながら同時に話すし、むしろ考えや感情を整理するには、聞き手となる他者が欠かせないということ。

 

仕事では瞬発力が求められることも多々あるし、パッと答えられたほうが仕事できる感満載。だから自分がのろいことに引け目を感じることはあるけれど、一人で考える時間さえもらえれば、じっくり調べたり物事を深堀りすることは比較的苦ではないし、最終成果物のレベルをしっかり上げようとする力はあるんだ、だからそんなに気にしないで(でも瞬発力を高めるスキル訓練はしつつ)、自分を追い込むことなくいこうと思いました。

 

こういう系の本はたまに読むと、自己分析の機会になるから良いです。

 

エチオピア #1 仕事後の一杯、宗教、そして踊り

仕事でエチオピアも担当しているので、ウガンダからちょくちょく出張します。

プロジェクトを実施しているのは、南スーダンからの難民がたくさん流入しているガンベラ州という場所。大半をここで過ごします。

国際機関が集まっている首都アディスアババとは全然違う雰囲気。

 

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地域の水衛生環境向上へも取り組む

 

 

今回の出張の最大の目的のワークショップがうまく終わって、その夜は事務所での夕食会に参加させてもらいました。事務所の中庭にプラスチックの椅子を並べて、夜空を眺めながらの宴です。

 

こういう難民キャンプがあるような緊急支援の分野の最前線の事務所というのもあって、スタッフは若者の単身が大部分を占めています。また周りにレストランがあるような環境でもないため、朝昼はみんな事務所内のキッチンで作ったごはんを食べるということ。それでこういう夜の会も時々あったりするから、事務所が家族みたい。

 

周りが暗かったのでよく見えなかったものの、用意してくれたごはんとてもおいしかったです。 

 

エチオピア人のソウルフードといえば、インジェラ

テフという穀物の粉末を水とまぜて、クレープみたいに焼いたものです。

味はふかふかした酸っぱいクレープみたいな感じで、結構特殊な食べ物なので、フィールドでこれを毎日毎食食べていたらさすがに飽きるのでは、と思っていたのですが、そして本当に毎食食べたのですが、意外に飽きない。主食のパワー。

 

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ランチの時の写真。インジェラをちぎって具を巻いて、そのまま手で食べます
 

 

 

あと、ビールが凍っていた。

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これまでの人生でもビールは結構飲み続けてきたけれど、凍ったビールを飲むのは初めて。まだまだ初めてのことってありますね。

エチオピアもいろいろ地ビールがあるけれど、この Dashen というのが私は好きです。

 

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この写真で何が言いたいかと言うと、とても暗かったということです。

でも夜って暗いよね、ということを思い出させてくれる。星がきれい。

 

 

こうして宴もたけなわ、他の人がスピーチしてる間に、隣に座っていた同僚に、日本ではどの宗教をみんな信じているのか?と聞かれました。

この話、海外にいるとよく聞かれるけれど、あまり単純に答えられないから長くなっちゃうのですよね。声が聞こえにくい状況でコソコソ話すの難しい・・・

 (英語のコソコソ声って、本当に聞きずらいと思いませんか?たぶん日本語より英語能力の方が低いというだけでなくて、英語ってアクセントや高低が多々ある言語だから難しいのではという仮説。)

 

で、基本的には日本人はそんなに宗教熱心じゃない、でもいろいろなイベントで宗教は関連するし、何かに祈る気持ちはあるし、信仰心がないわけではない(すごくざっくり)という私見を述べました。

そしたら、その同僚(敬虔なキリスト教徒)が、「宗教にそこまで熱心じゃない国の方が発展しているよね」というわけです。

 

これは、大きなテーマ・・・(いよいよコソコソ話ではむずかしい)

 

国際関係学の大学院にも行ったのにまだまだ本当に、なんで途上国と先進国の発展の溝はこんなにもずっと埋まらないのか、と折に触れては思います。

子どものころ、アフリカの子供たちの窮状を知った時は、でも世界はどんどん発展しているのだからアフリカもすぐに発展するだろう、と思ったのを覚えていますが、でも差はまったく縮まらず。もちろん、最貧困ライン以下で生活する人の割合は減ってたり、健康状態的には向上したりはあるものの、持続可能な経済発展の意味では、まだ気が遠くなるほど進んでいません。

 

「本当になんで????」と定期的に思い、

 

やっぱりなにか経済発展を阻むような文化・慣習なのか、とか

それには宗教が関連しているのか、とか

地理とか気候が関係しているのか、とか

 

やっぱり考えるわけで、そしてこういう私でも思いつくようなことは、歴史上様々な国際関係学者も考え尽くしてきたわけです。でも明確な答えはでない。

 

それ系の本で最近影響力大きい(私も大学院の授業で読んだ)のは、アセモグルとロビンソンの Why Nations Fail で、私もこれからかなり影響を受けました。

その本が言うのは、上記の要素は結局関係なく、国家の盛衰を決定づけるものは政治・経済上の「制度」であるということ。国のリーダーや政治家が腐敗していたらやっぱり発展できない。

 

Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty

Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty

 
国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)

国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)

 

 

(この本については、また書くと長くなるのでいつかできたら別途ブログ記事にします。)

 

 

でも、「政府のせいだから」なんて言われても、その政府の下で生きている国民にとっては行き場がない切なさが募るだけですよね。それに、政府のせいでいろいろうまくいかないのはみんな気づいているし。

というわけでモヤモヤと国のことを憂う話となりました。

 

 

そうして少し憂いた後にはやっぱりダンスタイム。

エチオピアのいろいろな地域の伝統的なリズムに合わせて、みんな踊ります。私も真似して踊って(揺れて?)楽しかったです。

音楽が流れるとつい踊っちゃうこういう感じ、好きです。

 

 

こうしてエチオピアでの夜は更けていきました。

 

おわり

【読書】 杉江弘 「乗ってはいけない航空会社」

Kindleストアでなんかいいのないかなー、と探していたら目について読んでみた本がかなり興味深くいろいろ考えたので紹介します。

 

乗ってはいけない航空会社

乗ってはいけない航空会社

 

 

  

元JALパイロットの著者が、数々の航空事故の分析をして安全性を考える本で、読んでいる間、世の中、航空事故は(死亡事故には至らなくても)たくさんあるのだと思いました。

 

とはいえ、航空事故で死亡する可能性は、地上の交通事故で死亡する可能性より遥かに低く、何百万回に一回の確率、みたいなことはよく聞きますよね。

でも航空事故は、そして起こった時の大惨事っぷりと、乗客は座っているだけで為すすべもないっぷりがすごい。だからなんだか心霊現象を恐れるように怖がってしまいます。

それに生き残れたとしたって墜落しそうな飛行機でブンブン揺れたりする恐怖体験を絶対にしたくないですよね。そんな目にあったら、もう二度と飛行機乗れなくなりそう。そしたらまた方向転換して新たなキャリアを考えないといけなくなります。

 

ちなみに発着地、航空会社、機種を入力したらこれまでの統計に基づき墜落する可能性を算出するアプリがあるという記事を見つけました笑

 

  

この本を読んでわかったのは、航空機事故の原因にはパイロットや整備員の人的ミスが多々あるということ。

 

これだけ飛行機もハイテクになっているし、パイロットは優秀な人たちだし大丈夫、整備士だってみんな国際的基準でプロフェッショナルに働いているはずだ。

 

と信じているけれど主にそれは「信じたい」という希望が強いわけで、やはり人だからミスは起きるし、国やその航空局ごとの安全意識も一律じゃないことが、「まあ言われてみればそうなんだよな」と思うのですが、よくわかります。

 

それで、「ミスがどれだけ起こるか」(何人もの人が飛行には関わっていてミスがゼロになるようにしているけれど、それでも抜けが出ちゃうか)は、その会社の体質が強く影響していて、つまりコスト削減が最大の目標になってしまい安全第一の感覚が薄れてしまっているだとか、パイロットのトレーニング、整備等のコストまで削減してしまっているだとかが関係するので、「この航空会社は危ない」というような分析に繋がっています。

 

それらを読んで、やはり一括りにしてはいけないけど、でもあまりにも航空券が安いところ(LCC含む)は整備とかパイロットの訓練・人件費までコスト削減の手が及んでいることが想像されるからできるだけ避けよう、と単純に思いました。

 

 

日本についても分析があります。

日本の会社は御巣鷹山の墜落事故以降、死亡者が出る事故は起こしていないらしいですが、

やっぱり経営破綻してしまうJALの体質とか、その為パイロットの処遇が減らされてモチベーション低下、もしくは優秀な人が流出しちゃうとか、そういうことが安全に関わってくるので今後の不安要素はあるというのが著者の見解です。ANAでも事故がないわけではないようだし。

 

とにかく著者が強調しているのは、

「安全度を適正に評価するためには、特定の会社が近年どのような事故を起こしているか、それがさまざまな不幸な要因による偶発的なものなのか、あるいはその会社の構造的な原因によるものなのかを分析」

することの重要性で、巷によくあるエアラインランキングが重視するような、機体の経年数はあまり関係ないし、また事故だけでなく、会社の経営状態、吸収合併等も注目すべき点だということです。

 

こういうこと、いろいろなるほどなあ、と思わされる本です。

 

 

とはいえ、どんな航空会社でも事故は起こる時は起こるし、飛行機にはこれからも乗るし、気にしすぎてもしょうがないのです。

というかそれよりも、日々の交通事故に気をつけることと、健康的な生活をすることの方が重要。

 

でも少なくとも、この本を読んで、

「天候のせいで着陸できないから別の空港に着陸」とか

「今日は暴風雨で欠航」

というのはしょうがないことで、安全第一のためには無理するほうが恐ろしいのだ、という意識になりました。(今は・・・実際なったら「ぬーっ!」となっちゃうだろうけれど・・・笑)

 

 

そしてこんな本読みながら、今週はまた飛行機に乗ってエチオピアへ。

最近はアフリカ大陸内移動でエチオピア航空にたくさんお世話になっております。とても便利。

とりあえずこの本にはアフリカの航空会社については「日本人が乗る率が低いので」書かれていないので、悪いインプットもなく、一安心です。(ちがう)

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

ちなみに最後に自慢ですが、私はなんだか飛行機運は結構良い気がしています。

 

なにせ、まあまあ飛行機には乗っていると思うけれど、一回もロストバゲージしたことないのです。(一緒に乗ってた友人の荷物が積み残されたことはあるのに。)破損もない。

 

あと、乗る飛行機が欠航になったことも一回しかないです。そしてそんなに急いでなかったし、用意してもらったきれいなホテルでくつろいで次の日に普通に乗れました。目的地以外の空港に着陸もない。

 

しかも、これまで長距離路線でエコノミーからビジネスクラスにアップグレードしてもらったことが三回ある。

(元からビジネスクラスに乗れる仕事にはなかなかつかなそうなので、お許しください)

 

 

 

みんな、飛行機にはそれぞれエピソードや思いがありますよね。

飛行機との関りから垣間見える哲学や人生観。

あなたの体験もぜひご共有ください。

 

おわり

ウガンダ生活:マンゴー考

ウガンダ北部に移動中の車に乗っていると、小さい実がたくさんぶらさがっている木をよく見て、その木の下に黄色い実がボタボタ落ちているわけです。

 

「(形と色から)ちょっと小さいけどまさかマンゴー?でも、果物の王様マンゴーだったらあんなにボタボタ落ちたまま放置されるとは考えにくい・・・」

 

と思っていました。

特に今回の出張先のアジュマニという地域は南スーダンから難民をたくさん受け入れているし、元々現地に住む住民たちもいろいろと経済的に困難な家庭が多いから、マンゴー落ちてたら食べるだろう、と。(私なら食べる)

 

そんなことを考えながら立ち寄ったホテルの庭にもその木があって、同僚が「拾いたい」と言うから「やっぱ食べられるよね!?」と私もついていったら、

やっぱりマンゴー。

小さいけれどマンゴー。

 

私も2個拾って帰ってきました。なんというか、「ホテルの私有地にあるのだからホテルのものだ」という感じもなく、おおらかですよね。

そして食べてみたら、まあ繊維が多いし小さいから食べる部分は少ないのだけれど、すごく甘い!!すばらしい。

 

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そういえばこの前、勤務先のみんなと大型バスで移動することがあったのですが、道端にはマンゴーを頭に乗せて売っているお姉さんがいます。

 

誰かがマンゴー食べたいと言ったから、停車。

 

バスの中からお姉さんに「マンゴーくださいな」と言うと皮もむいてくれます。

細い道に存在感ある大型バス、そのわきにマンゴーを10個以上立て続けにむきまくるお姉さん。

 

 

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新しいビニール袋を手にかぶせて、直接実に触ることなくスルスルと無駄なく皮をむいている様子をずっと見ていたら、私もなんかほしくなって結局買ってしまう。

 

一個1000シリング(約30円)。ちょっと安すぎて申し訳なくなる値段なのに、旬の味、とてもおいしかったです。

 

ウガンダのまぶしい緑あふれる道でバスに揺られながら、窓ごしに受け取ったマンゴーをむしゃむしゃ食べるというのはなんとも風情があります。

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 

一方この前、マンゴーアレルギーを発症した友人の話を聞いて戦慄しております。

マンゴーを食べた後、急に顔がすごく腫れてしまい、お医者さんにマンゴーが原因だと言われたとのこと。

 

実はマンゴーアレルギーって結構あるらしいです。

https://applemango.jp/allergy/

 

オーストラリアのマンゴーファームで働いていてアレルギーになってしまった人のブログも。

 

 

このままマンゴーをモリモリ食べていたら、いつか私も発症するのだろうか…

でも、アレルギーになるのを恐れてマンゴーを食べる量を抑えるなんてできない。

人生ってそんなものじゃない。

 

そんなロックな気持ちで、首都へ帰る道すがら路上の至る所で売っているマンゴーを山盛り買いました。

中くらいの大きさ11個で3,000シリング(約90円)

 

 

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しばらくマンゴー祭りです。

 

おわり

 

【読書】 プク・ダムスゴー「ISの人質」(山田美明 訳)

 

こういう仕事だと赴任の前にも着いてからも、そして出張に行った各地で安全管理の説明を受け、ことあるごとに「気を付けて!」リマインドされるのですが、

この前はさらにもう一歩上のレベルで実習を織り交ぜた五日間の安全管理トレーニングに参加するためにケニアに行ってきました。

Hostile Environment Awareness Training

の頭文字を取って、HEATというトレーニングです。

(ちなみにこのトレーニング、私はスーダンに時々出張に行くので受ける必要がある、となりました。でもスーダンでも特に危険そうなところ(ダルフールとか)には行かないのですが、そうかと思えばプロジェクト実施地域でも少し前にWFPの倉庫襲撃事件があったりやはり注意は必要です。)

 

このトレーニング、詳しくは述べませんが本当に激しく危険な状況を想定した実践的なもので、心理的・体力的に負荷がかかる実習が組み込まれています。

銃撃戦に巻き込まれたり

地雷原に放り込まれたり

人質に取られたり・・・

という時にどうするべきか、また負傷した時の応急処置の方法等、いろいろ満載でした。

激しい(執拗な?)実践トレーニングで、他の二人の女性参加者は泣いちゃうくらい。私はいろいろ驚いたものの泣きはしなかったですが、その日の夜はやっぱり殺されそうになって逃げ続ける夢を見たり。

 

…前置きが長くなりましたが、こうして安全意識が最高潮に高まった段階で、

前から気になっていた「ISの人質」という本を読みました。

ISに13か月の間拘束された後に解放されたデンマーク人ジャーナリストについての本です。

 

ISの人質?13カ月の拘束、そして生還? (光文社新書)

ISの人質?13カ月の拘束、そして生還? (光文社新書)

 

 

  

拘束されたダニエル・リュー氏は、元デンマーク代表体操選手で、シリアを取材旅行で訪れた時にISに拘束されてしまいました。

 

それからの13か月は、

拷問されたり、

逃走したけれどまた捕まったり、

不衛生な場所で十分な食事を与えられない生活が続いたり、

他の欧米人と一緒の部屋に詰め込まれたり、

いろいろ語れる友人ができたり、

厳しい中でもユーモアの心は忘れなかったり・・・

 

 

そして、家族は身代金の工面のために奔走します。

言わずもがな、ISが要求する巨額の身代金を払ってしまったら、それがISの収入源となって武力活動の拡大を支援することになってしまいます。だからデンマーク政府は身代金を払わないという確固たる方針を持っており、家族に金銭的な援助を一切しませんでした。だから家族が苦労しました。

 

でも家族が集められのはまだよくて、アメリカとイギリスの場合は人質の家族がテロ組織と交渉することも違法であり、身代金を自力で調達することもできないという状況でした(デンマークでも違法だったものの、当時ISISがまだテロ組織のリストに加えられていなくてグレーだった)。

だから実際に、ダニエルと同じ部屋に捕らえられていたアメリカとイギリスの人質たちはカメラの前で首を切られて殺害され、そのビデオはYouTubeで世界中に流れされてしまいました。

※ちなみにその後、2015年にオバマ大統領が法律を修正し、家族が身代金を調達しても起訴されることはなくなりました。

 

いずれにせよ、アメリカもイギリスもデンマークも、政府が身代金を払うことはありません。というか世界の主要国の間でも、テロリストに対する身代金は払ってはいけないというコンセンサスが2013年のG8サミットでなされているのですね。

下記コラムに紹介されています。

 

そして日本も、2015年に後藤健二さんと湯川遥菜 さんがISILに人質に取られ身代金を要求された際、払いませんでした。

 

その結果人質が殺されてしまうというのは、言葉が見つからないような恐ろしいことです。しかしテロリスト組織にお金を流入されるとさらなる暴力が生まれるし、テロリスト側も身代金が集まることがわかったらどんどん外国人を誘拐して資金源にするはず。だから実際に誘拐はまだ後を絶たないし、「身代金ビジネス」なんて言われるゆえんです。

 

一方、フランス政府は、公式には認めていないものの、国有企業などの営業活動による資金を利用するなどしてこれまで多額の身代金を支払っているとのこと(それが国有企業の利益にもつながる)。一説によると、2008~2013年の間にフランスはアルカイダ関連組織に5,800万ドルもの身代金を払ったとのことです。

本の中で、ダニエルと同じ部屋にいたフランス人達4人はダニエルより先に解放されて、フランスに到着すると大統領や外務大臣らの歓迎を受け、オランド大統領は

「フランス政府は、彼らを解放できたことを誇りに思う」

と記者団の前で言ったとのこと。

あーなんだか…

 


 

 

でも私だって誰か友人が人質に取られたらできる限りの寄付をすると思うし、

ジャーナリストたちに「危険な場所に行くな」というのも無理があると思います。

そういう人たちの報道で、何が起こっているのか世界に伝わるのだし。

でも同時に、本当に危険で人質に取られるような場所には行かないでほしいとも思うし、「伝えなきゃ」という意思の強いジャーナリストを止めるのも難しい。

しかしテロリスト組織にお金が流れるのは避けなければいけない。

でももともと、そういう憎しみが生まれる背景には、大国の思惑で大きなお金が流れたり長引かせられた紛争があったりしたわけで…

資源がある国は思惑が交差して…

みんなが他の国のことはとにかく放っておけば世の中平和になるのでは。(こんな仕事してるのに)

 

そういうことを悶々と考えさせられる読書でした。

 

ちょっと夢に出てくるかもしれないけれど、世界で起こっていることの一端を生々しく感じるのに良い本です。

 

 

ちなみにダニエルは、その後TEDでも喋っています。どんな状況でも、人はある程度適応しちゃうんだ、という内容。

あんなに極限の状況で、日々殺される恐怖と闘いながら13か月も拘束された後、(もちろん様々なPTSDは残っているのだろうけれど)一見健康そうで人前で話すことができるというのは奇跡のようだなあ、と思いました。

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

ところで、これを書いている今まさにスーダンにいます。

首都から離れフィールドにてインターネットのない週末、窓のない薄暗いホテル、錆びたシャワーヘッドから出るのは茶色っぽい水のみ、鉄枠のベッドにペラペラのマットレスの上で、時々停電で真っ暗になりながら書いていて、雰囲気抜群です。

外に出たら出たで毎日40度超え、「ちょっと散歩に行こう」というのが命取り…(’▽’)

 

なんか恐ろしい内容だったので、最後はおいしかった食べ物を紹介して締めくくることとします。

 

 

スーダン式朝ごはん。と言ってもお昼頃食べます。みんなでワイワイ食卓を囲んで、すべて指で上手にちぎって食べるのがポイント。

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ナイル川の魚をカラッと揚げたてで。ライムと比べるとわかるけれど、かなり大きいです。ほとんど砂漠地帯で砂だらけ岩だらけなのに、世界最長の川がすぐそばにあるっていうのがおもしろいです。

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③美容と健康に良いデーツ。私はデーツってねちょっとしたイメージで特に好きではなかったのですが、これは固くてカリッとしててお気に入り。出してくれた所で「おいしいですね」と言ったら持って帰りなよ、と一掴み持たせてくださり、入れるところがないので服のポケットにそのまま突っ込んで、その後忘れて、ホテルに帰ってから服脱いだらこれがボトボト落ちてきてギョッとしました。なんかちょっと違うものにも見える。

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おわり

私が政治家になったとしたら

政治家にはなりません(なれません)が、よく「私が政治家だったら〇〇したい」というのは妄想します。

 

その中で一番やりたい政策は、

「大企業や官公庁の都心のオフィスを地方へ分散させる」

というもの。

 

政策立案の知識がないので具体案は自分でもよくわからないけど、例えば

オフィスを都心から離したら、その距離とか社員数に応じて助成金・もしくは法人税の優遇が得られる

というような政策が思いつきます。

 

例)1,000人が働く丸の内のオフィス(100万ポイント)を埼玉県久喜市(5万ポイント)に移した場合、1,000 × (100万-5万)=9億5千万ポイント

とか計算して、そのポイントに応じて助成か税制優遇を受ける。

 

そしてこれを、大阪とか、東京以外の大都市にも適応します。

 

なぜかというと?

都会の通勤ラッシュと長時間通勤はたくさんの日本人を疲れさせて、幸福度を下げてると常々思うからです。

政治家としては、日本人の幸福度を上げたいです。たくさんの働く人たちが元気になれば、幸福度が上がる、経済も伸びる。

 

この前一時帰国した時に、実家から都心まで朝通うことがあったのですが、やっぱり通勤大変。うちの実家が横浜で典型的な「首都圏に住んで片道2時間くらいの通勤」という感じで、大変。私はまだぎゅうぎゅうの中、立ってる元気はあるけれど、妊婦さんとか体弱い人とか高齢の方とか、本当に毎朝つらいと思います。

海外に日本から駐在している人と話す時、特に日本へ帰任直前だったりする場合、「日本に帰ったらまた満員電車つらいなー」という話題になるのがあるあるだったりします。

それでつらいから、やっぱりイライラしている人を朝からたくさん見たり、ちょっとしたことで喧嘩が始まってそれを見るのも嫌だし。

 

あと最近、目にするだけで気持ちが暗くなるからもう見たくないようなニュースですが、女性専用車両について。

女性専用車両男性差別だ、と言ってわざわざ乗り込み、乗っている女性とトラブルを起こして通勤ラッシュ中に電車を遅延させた人たちがいたとか。

lite-ra.com

 

「男性であるというだけで、痴漢を起こす人とみなしてある場所に入れなくさせるなんて何事だ!差別は許さない!」

みたいな主張をしている人がいるというツイッターやニュースの情報は、もう薄目になっちゃうくらい見たくないような話です。

 

でも目を背けずに反論するのなら、

「痴漢の被害件数は本当に多く、トラウマになっている人もたくさんいてその人たちが安心して乗れるための車両なんだから、『男性』という属性で差別しているわけではありません。また、女性専用車両に乗っている女性に対して主張するのではなく、本当に正式な苦情なら冷静に鉄道会社や議員さんに話したらどうでしょうか。」

ということなんだろうけど、そういう話が通じなさそうな気配です。

 

いずれにせよ本当に脱力するような嫌なニュースなんですが、でもどうしたらいいのかな、と考えれば考えるほどわからなくなります。

私個人的には、日本で通勤していたとして、女性専用車両がなかったら困るかなー、でも、昔学生の時とか痴漢に遭遇したことは少なくない回数あって、その後とかは本当に電車に乗るのが嫌だった。電車に乗ると嫌な思い出が蘇ってくるというのは本当にわかる。

#MeToo

 

もし私が女の子のお母さんで、その子が電車に乗らなきゃいけない場合、女性専用車両があったほうが安心だろうな、とかも思います。

 

同時に、既にストレス溜まっている通勤中の男性が、例えば階段降りたところから一番近い車両が女性専用車両で乗れない、いつも遠くまで歩かなきゃいけない、ということでさらにイライラしてしまうとかもあるのかな、と思います。(だからと言ってそれを女性に対する憎悪に結び付けるのは全く正当化できないですが)

 

あとなんとなく、これだけ混んでる通勤時間中に「男性は入れない場所」というのがあるのが、少し不自然というか、(そこまでしなきゃならないほどに痴漢犯罪が多いことの結果だけれど)残念。

 

じゃあ解決策はなんだろう、とそういうことを考えた時にも、やっぱり通勤電車に乗る人の数を減らすというのはかなり根本的に問題に働きかけると思います。

 

だから、この「通勤幸福度向上法案」(今決めた名前)が通過した際には、鉄道各社が「じゃあ電車の本数減らしましょう」としてはだめで、今よりはるかに乗車率が低くなるような本数で運行することも担保しなくてはなりません。鉄道会社は、地方の路線が活性化することになるし、毎朝のあの過酷な通勤ラッシュ時の運営労力も低減されるのだから、良い点悪い点のバランス取って、ぜひ協力していただきたいです。

 

 

起こりうる反論への回答

 

「毎日お客さんのとこに訪問しなきゃいけないんだから、遠くなると効率悪くなる!」

という声が聞こえてきそうですが、それを逆手に取って、対面でのミーティングは減らす方向へ。いろんなTV会議システム、スカイプあるのだし。でも本当に対面が必要な時、ここぞという時に会いに行ったら、その時の重要性・印象度・生産性は今までよりアップするのではないでしょうか。

移動が多すぎて、会社に戻ってきたらもう定時。残業が当たり前ー、というのがこれで減らせるきっかけになると思います。

逆に、個人向け営業で外回りばっかり、という仕事はそもそも地域で任されているだろうから、会社に来る回数を限定して基本的にそのエリアで活動して、社と連絡しなくてはいけないことはメールとスカイプで。

こうして移動を減らすことで、エコにもつながる施策です。

 

 

「今は世田谷に住んでるのに、会社が熊谷になっちゃって、どうしてくれるんだ!」

という声には、会社の移動によって通勤距離が〇〇km以上になってしまった人への引っ越し代金を会社が補助する。助成金から賄う。

逆に、会社に合わせて住む場所を移動したら、生活費(特に家賃)が安くなる可能性大です。無理に都心に住まなくても。

こんなに狭い日本で狭い都心にぎゅうぎゅうに住むよりも、少し郊外で大きめの家で車も保有して住む人が増えるほうが幸福度上がるような気もします。人口密度を薄く広く分散させるイメージ。

 

 

「客先との会食や、他社の友人と夜飲みに行きにくくなる!」

そうかもしれないけれど、今も飲んだ後に酔っ払いで満員電車に乗ることを考えたら、ちょっと距離あっても空いてる電車で帰れる場所で、早めに切り上げる会食にすればいいのではないでしょうか?

あと、その会食・接待は本当に必要なのか?ともう一呼吸置いて考えるきっかけにもなり、交際費削減につながるかも。そして、早く帰って家族と過ごしたり仕事以外の時間を楽しむ幅を広げたら、またそれも幸福度向上に繋がる気がします。

合コンするなら、その後の交際を考えても職場か家から近い人同士でやったほうがいいだろうし!?

 

 

 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

もしかしてこういうこと進めてる政治家の人っているのでしょうか?聞いたことないけれど・・・もしいたら、すごく応援したい。働いたお金で寄付もしたい。

 

まあ、こういう政策をやるにあたって実際にどのような現実的な課題があるかはよくわかってないのですが…とにかく、日本の働く人たちがもっと穏やかに幸せにいられる社会になるといいなあ、といつも思ってます。

 

 

夢の政策のお話でした。

中学生の時の話(バーバリーのマフラー)

私が中学生の時はバーバリーのマフラーが全盛期で、日本全国津々浦々で女子中高生があのチェックに魅了されたものです。

年末に日本に一時帰国していた時、高校の部活の友人たちと一泊温泉旅行に行って、夜にお酒飲みながらそんな話になりました。

なんでそういう流れになったかはわからないけれど、とにかくその印象的なチェックの話になり、ある子はそのマフラーをダイクマ(地元感満載の、知る人ぞ知るディスカウントストア)で手に入れた、とかいろいろ懐かしい話。

その話の途中、バーバリーにまつわる中学生時代のある思い出が急にふとよみがえりました。

 

🐤 🐤 🐤 

クラスの仲良かった友達の1人がバーバリーのマフラーを買ってもらって学校にしてきたのですが、たしか一週間もたたないうちに、ある日教室に置いておいたはずが無くなってしまったのです。 当時なかなか荒れていたうちの中学校では、物が盗られてしまうことが時々あって、バーバリーのマフラーみたいに特に良いものが標的となってしまいました。

せっかく買ってもらった大事なマフラーがなくなってしまって、その友達は泣いてしまい、私もなんと声をかけたらよいかわからず、悲しい気持ちに… 中学生からしたら特に高級品だし、ご両親になんて言ったらいいのかとか、悲しみが想像できます。

 

でもそれから数日たったある日の夜、いつもいろいろ問題を起こして目立っている「学校一のワル」みたいな人から突然電話がありました。

中学生なのに外で歩きタバコしながら登校しちゃうような子。

同じクラスではあったけれどそんなに話したこともなくて、普段何やってるのか全然わからないような人から電話があってちょっとびっくり。

(そして当時中学生で携帯なんか持っていなくて、家に電話というのがノスタルジック… )

 

それで電話の内容は、どうやら彼がそのマフラー盗難に関わっていたらしく、でもやっぱり返したいから、私経由で返してほしいとの話でした。 なんか想像だけど、その人自体が主犯だったというより、その仲間たちの中で何かめぼしいものを盗って売る(?)みたいなルートができてて(もしかして卒業生とかもからんで?)、その人も関わったのか、もしくはただ単に盗った人のことを知ってたのかな。

いずれにせよ、マフラーを盗られちゃった子が泣いてるのを目にして、返さなきゃ、と思ったんだと思います。 根っから悪い子じゃなかったし、その後大学生の時(?)、緩い同窓会みたいなので会った時に、やっぱり結構ちゃんとした人だったんだな、と思った記憶が。

 

話を中学時代に戻すと、 それで次の日、どこか物陰でマフラー返してもらって、私から友達に返しました。 その友達にはなんて言ったのかな・・・忘れちゃいましたが、でも言わなくてもなんとなくわかるとかだったのかも。

先生には特に言わなかった気がします。

 

というわけで、こんなことを高校の気の置けない仲間と夜も更ける中お酒を飲みつつ話しつつ思い出したんですが、その後数週間したある日、そのマフラーを返してきた男子からインスタのフォロー申請がきて、あはは、と思った流れでブログ書きました。

一回卒業後会った以外は一度も会ってなくてものすごい久しぶりなのになんの前触れもなく笑。しかしこちらからもフォローしたら一枚も写真アップしていないので結局近況わからずだけれど、元気なのかな。

 

中学時代は、子どもなりにいろいろとあった気がするけれど、みんな元気ですように。

 

ちなみに今回の帰国中には大人になってからまた会うようになった中学の友達、SちゃんとSくんと一緒にビアバーに行ったのも楽しかったです。

中学生の時は、大人になってこんな風に喋れるって思ってなかったな。

 

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 (その会でSちゃんが用意してくれたプレート。昔から変わらぬやさしさ♡)

 

 

日本に帰るといろいろなことを思い出します。

 

緩み、疲れ、無理しないこと

 

高校以来の友人と銀座でお茶している時に、

「日本でしたかったこととかある?」と聞かれた流れで

「日本にいると歩きスマホできるのがいいよね」

と言ったら、歩きスマホしている姿を写真に撮ってくれました。

 

後日、彼女が写真教室でそのことを説明したら、教室の人に

「彼女は日本では緩みを求めているんじゃないか?」

と言われたとのこと。

 

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Photo by Mari Hamano

 

 

まさに。

要はカメルーンにいた時は、ただでさえ目立つしお金を持っていると思われる外国人は、安全面に最新の注意を払わなければならず、ダラダラ歩きスマホするなんてもっての他。どうしても外でスマホ確認した時は周囲を見渡して安全そうなところで一瞬だけカバンから出して、さっと確認してカバンに戻す、ということが必要だったわけです。

だからそんなに気を使わないで歩きスマホできるのは、緩さの象徴。

 

※歩いている時は周囲に注意し、スマホに集中しすぎないようにしましょう。

 

。。。。。。。。。。。。。。。

 

ところで、しばらくしたらまたアフリカ生活なのですが、この一カ月は勤務先のNGOの日本事務所に平日毎日出勤しており、日本にいます。

 

日本だから、緩さを求めているものの、

 

なんかやけに疲れる…

 

職場ではまだ緊張もあり、学びの連続で「疲れた」なんてもちろん思わないけれど、夜とか土日とかぐったり。

新しい勤務先だとか、毎朝のちょっと遠めの通勤だとか、長引く時差ボケとか、そういうもので疲れているのかなと思うものの、なんとも力があと一歩出ませぬ。

 

カメルーンで、特に首都から離れてドゥアラという都市にいた時は基本一人でやることがあまりなく、日本に帰ったらあれもこれもやりたい、いろんな人に会いたい、と思っていたのに…

できたらまる一カ月くらい家の中にいたい。

 

そんな感じで、体力気力がなくなってきていてどうしたものかと思っていた時に、写真を通した「緩み」という言葉を聞いて、

あー日本に帰ってきて気が緩んだから、疲れがどっと出たのかな。

と思いました。

そういえば小さいころから、幼稚園や学校が休みになった途端に水疱瘡にかかったり、風邪ひいたりしたな。

 

あともう一つ、落ち着かないから疲れる、というのも大きいと思います。

次新たにウガンダで仕事するけれど、また初めての場所で、初めての人たちとどんな風になるかまだ想像できず、渡航準備や日用品の買い物、コツコツと荷造り等、日本にいるというか「一時帰国」という感じ。

 

カメルーンでも、首都ヤウンデとドゥアラを行ったり来たりで、そのたびに荷造りしていて、その直前も日本には三週間いただけで、その前はNYから全部の荷物持って大移動でした。だから、なんかずっと荷造りしている気がする… 

 

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NY生活二年目に買った大きな青いスーツケースもだいぶ味が出てきました。ちなみにこれ、大容量なのに軽くて丈夫で気に入っているから、今回もう一つ同じのを買いました。Samsonite のアスフィアというシリーズの一番大きいやつ。ギチギチすぎないように全体に詰めて、ちょうど23㎏くらい。今後はこれ二つ体制で移動します。

 

 

つまり、動き続けているから見えない所で疲れが溜まっているのかな、と思いました。友達とか会いたい人はたくさんいるし、本当はもっと土日とか夜とか外に出てアクティブに頑張りたいという気持ちもあって、

「私はもっとできるはず。前はできたし。それにせっかく日本に帰って来てるんだし」

と思ってしかるべき。

でももはやそういう考えで頑張るタイプでは no more ないので、休みます。

今一番重要なことは新しい職場にしっかり出勤して仕事を集中して身に着けることですし。 

 

なので連絡したいような人にもあえてこちらからがつがつ連絡していないけれど、みんなに会いたいのは事実で、何か会合がある時とかは一応声かけてもらえると嬉しいな、とか、人任せなコメント…

 

次はしばらく一つの所にいる予定だけれど、出張は多いし、やはりこういう仕事している以上「落ち着かない」のはつきものです。

こういうのが合っているのかどうかはまだよくわからず。

 

まあいずれにせよ、実際赴任したらアドレナリンが出るだろうし、仕事が忙しくなってきたら疲れていようがなんだろうが、頑張るのですが。

そんな時でも体調管理はプロとして大事で、無理し過ぎないという心がけは続けます。

 

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これ、ウガンダでのここぞという時用に買ってみた。効くかな。

 

 

最後に、写真を撮ってくれた友人もブログをやっていて、本当に素敵な写真と情報満載なのでぜひ覗いてみてください。

Mari Hamano Photography

 

 

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追伸:ちなみに、誰にも声かけられずに歩けるというのも日本で満喫しています。これは緩みに大きく関わります。

(参考記事)

2017年を振り返る5つのキーワード

 

2017年が気がついたら終わってしまっておりました。

例によって師も走る12月はバタバタしておりましたので、年明けてしまいましたが今振り返ります。

5つキーワードを選びました。

 

 

1.カメルーン

 

最近まで半年暮らしたカメルーン

半年暮らすということは、肌も体質もその土地にかなり適応するということだなあ、と日本に帰ってきて思ってます。

 カメルーンでは最初の方こそ、というか着いてから三か月くらい意味不明な肌荒れがゆるゆると続いたけれど、それを抜ければ肌の調子がわりとよかったのです。すごく湿気が多くて、あったかいからだと思います。だからカメルーンで過ごしていれば、皺ができにくいのでは、とすら思います。(大気汚染がひどいことはマイナス要素)

 

それが日本に帰ってきて、寒くて乾燥してて、早速顔に細かい小じわが…そして、大きな吹き出物も三つできました。日本の冬、厳しすぎます。というか日本の四季、厳しすぎます。こんなに気温が変わると、いくら服があってもそりゃあ足りないですよね。そしてあったかい国から帰ってくると、大量のヒートテックをどこにしまったのか、と探す羽目になる。部屋の収納は限られているのに見つからないミステリー。

(でも一昨年の夏に過ごしたカザフスタンの首都アスタナは、今マイナス30℃とかだそう。なのに短い夏の間はやっぱり30℃とかまでになるので、日本で文句言ってちゃいけないかも…)

 

同時に、寒暖の差がないカメルーンのような国では、一年中着るものが一緒。それだと季節感がないというか、「あの時ああいう格好だったなあ」といった、記憶と服装をむすびつける要素がなくて、なんだかいつの話だったか思い出しにくいというようなことがあると思います。

 

何が言いたいかというと、私は日本で生まれ育ったから日本の環境が一番合う、というわけでなく、半年も違う国にいたらその国の方に体が適応するのだな、そして環境が変わる度にまたしばらく適応期が必要なんだな、ということで、つまりこういう移動を繰り返しているとすぐ老けそう。

 

でも体の強さは今回も思い切り発揮して、一回だけお腹壊した(でも土日二日間寝てたら自然に治った)以外はずっと元気でした。食べ物もそこまで気を付けていたわけでなく、胃腸の強さを再確認。

予防接種も打ちまくってるから免疫力も抜群。

 

全然カメルーンでの生活ではないことを書きましたが、当地での生活はいくつかブログに書いたのでよかったらご覧ください。

 


 

2.KAIZEN

これも今年くりかえしくりかえし、累計 5,000回 口にした単語です。

この言葉を通して、ほんとうにたくさんのカメルーンの中小企業で働く社長さん、従業員さん達に会い、現場のリアルを学ぶことができました。

 

カイゼン、continuous improvement.

何事にも通ずる概念。人生だってカイゼンの連続。

私はこれからもカイゼンっ子です。

 

インターンの概要もブログに書きましたが、また機会があったらまとめ的なものをもうちょっと書きたいと思っています。

 

 

3.大学院卒業

ずっとカメルーンカイゼンのことに気を取られて、本人も忘れかけていましたが、実は今年の前半はまだアメリカにいたのでした。カメルーンと環境が違い過ぎて、ニューヨークの摩天楼は物理的にも心理的にもはるか彼方。

 

大学院は結構苦しくて、キャパのギリギリのところ(ややオーバーしていた)で頑張る日々だったので、(白髪も増えたし)5月に卒業できた時は本当に嬉しかったです。

 

5月下旬に卒業して、31日にニューヨークのアパートを引き払ってそのまま日本に帰国し、三週間だけ日本で過ごした後、すぐにカメルーンに発ちました。本当は、卒業してからもちょっとニューヨークで過ごしたかった気持ちもあり、後ろ髪引かれつつも…

 

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ところでこの水色のガウン、変な色だとみなさん思いますよね?

私も最初、幼稚園のスモックかな、と思ったのです。

でも今ではもうこの色以外ありえないと心から思ってしまう卒業生の一人。上品な水色だし。(コロンビアの人はみんなこれを言う)

 

 

4.ウガンダ

その大学院の最後の7カ月は、毎日ウガンダと言っていました。

うちの大学院で修論相当となるグループプロジェクトが、ウガンダでの「土地、コラプション、ジェンダー、ICT(情報通信テクノロジー)」 に関する調査・提言を行うものだったからです。

心血を注いだ集大成のこのプロジェクトに関しては、別途、下記リンク先の記事にまとめました。

 


そしてウガンダは大学院のみでなく、今後も重要な意味を持つ国になりそう!

 

 

5.フランス語

というわけで、今年は前半と後半でまったく違う一年だったわけですが、5つ目は何か前半と後半に共通するものにしよう…としばらく考えたところ、そういえばフランス語を継続して勉強した一年でした。

 

カメルーンでの半年間はもちろん、大学院の最後のセメスターでもフランス語の授業を取っていたからです。必修じゃないので別に履修しなくてもいいフランス語。余裕ない中でもリスクも考えたのですが(何せ、週三回授業がある)、やはりカメルーンに行くための準備としてちゃんと真剣に勉強したいと思って取りました。

 

語学は基本的には大学院の外で、学部生(つまり、20歳くらいのイケイケなコロンビア大学生)中心のクラスなのですが、たまたま同じ大学院で仲良しの台湾人の友達も同じクラスを取っていて、二人でアホな内容のフランス語作文を作ってクラスで発表したり、忙しいながらも楽しかったです。

 

と言いますか、フランス語は自分の学部生時代も第二外国語でやっていたので、実は10年以上(!)勉強歴があります。そのわりにはまだまだ。もっと頑張ろうと思えば頑張れたと思うのに、ちょっと後回しにしちゃったり怠けちゃったり。今後は仏語圏離れるのでまた継続が課題ですが、続けるということを来年の抱負の一つにしたいと思います。

 

というわけでみなさま、 

Bonne et heureuse année 2018!

今年も、皆さんにとって楽しく幸せなことがたくさんありますように。