「私はそっちじゃない」ってわざわざ言うのやめませんか

 

フェミニズムっぽい話の時に、

  私はフェミニズムの強硬論者じゃないけど…

  強い言葉で女性の権利を主張するのは好きじゃないけど…

  男女の断絶をつくりたいわけじゃないけど…

  男性と闘いたいわけじゃないけど…

  フェミニズムを勉強したわけじゃないからわからないけど…

 

もはやむしろ

  私はフェミニストとかじゃないけれど…

 

って前置きする人が世の中たくさんいるように見受けられるけれど、(ほんとうによく見る)

 

でも、そういうこと言うのやめませんか?

という話。 

 

 

理由

 

1.まず、わかってる。

「あーはいはい、わかります。」となる。常にそういうことばっかり言ってるのではない、って言いたい気持ちはわかるけれど、常にそういうこと言っているのではないことは言われなくてもわかる。

たとえばフェミニズムの第一人者とかだったとしても、別に常にそういうこと言ってるわけではないと思う。

 

 

2.「そんなこと言ったら痛い人と思わそう」

という気持ち、わかる。

でも、そういう言い訳をすると、フェミニズムを主張する人が「痛い人」という前提を助長している気がしませんか?

「フェミニズム」という言葉に反射的に悪い気持ちを持つ人が実際にいるけれど、それは

①意見を異にする相手を叩きたい人がいるから

②歴史的に反感を買うようなかたちのフェミニストがいたから

という背景がある。一方で、フェミニストという言葉自体自体はもっと本来の意味でとらえられるべき。

そして①については、何か主張する時に反対意見の人が叩くのは当たり前で、むしろそれに引っ張られていたら既得権益を守りたい人の思うつぼだし、②は、どんな社会運動も、歴史的な流れ・分岐はあって、イデオロギーを同じにする人がすべて同じ意見・アプローチ方法でないというのは古今東西共有の話で、乗り越えなくてはいけない。

あと、「私はフェミニストじゃない」と言っちゃうのはダサいとも思います。

 

 

3.「男性に嫌われたくない」

という気持ちもわかる。でも、男性を見くびっちゃいけない。

あなたの周りの本当に大事な友人・パートナー・家族の男性たちは、フェミニズムの話をしなかったとしても大切な人々だろうし、したとしてもそれ以外にも話すことがたくさんあるから良い関係性を築いているのだろうし、そういう人たちに本当に嫌な思いをしたこと・不利益を被ったこと(それが女性であることが理由でなかったとしても)を説明したら「嫌われる」のであれば、本当にその人に理解してもらいたいか?という。

「声高に権利を求めている」人みたいになると男性に嫌われるのを心配する気持ちもわかるけれど、じゃあ、声を小さくしたらいいのか?社会で女性の権利が制限されていることのそもそもの根底に、「女性は大声で主張せず、よく気が付き、サポート役が合っている」という価値観の押し付けがあるのに、それを覆そうとする時に自分にあてがわれたステレオタイプに固執してどうするのか?

国連気候変動サミットでのグレタさんのスピーチの件でも顕著だったけれど、「女・子ども」が何かを主張した時、その言い方や怒りに触れて、「俺の気に食わない言い方で言うな」という相手に、お行儀よく丁寧に話すことで何か変わるだろうか?

 

 

4.逆の立場への忖度は不要

私もそうだったし、女性はみんな多かれ少なかれ経験があると思うのだけれど、なんとなく、差別する側の肩を持ってしまうこと間を取り持とうとしてしまうことはよく陥る罠だと思う。

大企業の総合職採用、明らかに男性の方が多いけれど「女性は妊娠出産があるからね」とか、

共働きなのに女性の家事の負担が多いことについて、「男性の方が出世のプレッシャーがあるからね」とか、

もっとひどければ、性被害に遭った女性の服装を非難するとか。

とういうのを女性がやっちゃうケースってとてもある。近くにいる男性に気に入られるために。

 

男性が男性の役割やプレッシャーから解放されることは本当に大切で、男性だからと言って何かを押し付けられる社会でなくなってほしいけれど、そこを主張する主役は男性。女性が性差によって直面している不都合について変えようとするのは女性。これは対立でも何でもなく、自分の権利を自分で守るという当然のことをしているだけ、ということをまず前提に置いたらいいと思う。

 

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[画像:THE DAILY ILLINI "Feminism needs to be intersectional

https://dailyillini.com/opinions/2019/04/10/feminism-needs-to-be-intersectional/ ]

 

 

 

まとめ

何かを主張する時、その反対の立場にも思いを馳せることはとても大事だと思う。 

 

そして私たちが意見を言うのは、繰り返すけれど、断絶を深めたいわけじゃない。かつ嫌な気持ちを持たれたら話聞いてもらえなくなることなんて、みんなこれまでの経験で知っている。

 

ただ、優しく、柔らかく、笑顔で、嫌われないように、相手を立てながら主張して、何か変わるかな?

 

自分が大切と思うことを、条件つけて説明する必要ないと思う。

私はそう思います。

 

 

 

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

 

 


We should all be feminists | Chimamanda Ngozi Adichie | TEDxEuston